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カンサイ建装工業(株) 草刈健太郎社長  【平成29年08月24日掲載】

職親プロジェクト、活動5年目

出所者、塗装工として更生

徹底的に寄り添う、ひとりぼっちにさせない


 少年院出院者や刑務所出所者を雇用し、就労を通じて社会復帰を支援する「職親プロジェクト」。2013年に関西の中小企業経営者が中心となって活動を開始したが、各業界で現場の担い手が不足する中で、新たな更生の試みとして世間の注目を集めている。このプロジェクトの立ち上げメンバーとして、先頭に立って活動を続けているカンサイ建装工業鰍フ草刈健太郎社長に、取組みの成果や同社の事業展開などを聞いた。

■少年院や刑務所の出所者を雇用して再犯防止に貢献する「職親プロジェクト」。草刈社長がこの活動を始めて4年以上が経過しました。まずは現状について。

 「当社はこれまでに15人の出院者と出所者を雇い入れたが、現在も塗装工として現場で働いている子が四人。そして、会社は辞めたが、今でも連絡を取っている子が4人。なお、辞めた子たちは全て、私が次の仕事を紹介している。就労を通じて更生して欲しいからだ。その一方、身元引受人になったものの、一度も出社せず、行方が分からなくなった子もいる」

■一般の高卒者でさえ建設現場での仕事はなかなか続かない。つなぎとめるのは困難ではないか。

 「当社で働いたことのある子は全員逃がさない。それが私の方針だ。そのためには、徹底的に彼らに寄り添う。ずっと一緒にいる。『何かあったら電話してこい』と。ただ、この程度だと、ほとんどの子は逃げる。そこで生々しい話だが『金に困ったら言ってこい』と加える。これで必ず連絡は取れる。電話に出る。そして訪ねて来たらお小遣いを渡す。ここまでやると逃げない。現実はこんなものだ。
 またこの前、ウチを辞めてホストクラブで働いている子が『ホストを辞めて、もう一度働かせて欲しい。親とも仲良くしたい』と連絡してきた。辞めて3年以上経っており、『よし分かった。許してやるから戻ってこい』とすぐに応じた」

■まさに経営者の器量と忍耐力が問われる話です。

 「少年院あがりの子を仕込むのは大変。だが、じっくり時間をかければ、頑張って働くようにもなる。確かに悪いことはするが、邪気はない。ある意味で素直。だから逆に、こちらの考えにうまく染めて、善悪の判断を教え、基礎学力を身につけさせる。事実、今、当社に残っている4人は塗装工としての仕事ぶりも真面目で、生産性も非常に高い。とりわけ、ギャンブル依存症だった子は、これまで1日の欠勤もなく、黙々と仕事に打ち込んでいる」

■受け入れる企業が留意すべき点については。

 「『戦力ありき』で出所者を雇い入れると必ず失敗する。やめた方がいい。あくまで基本は社会貢献だ。『世の中のために、この子たちを放っておいてはならない』と。そもそも少年院や刑務所に入る子は、DVを受けるなど家庭的な問題を抱えているケースが多い。その意味では、彼らも社会的被害者。私もこの活動を始めた当初は腹の立つことも多かったが、生い立ちを聞くと、本当にかわいそうな子ばかりだ」
 「また、出所者を雇ってしばらくの間は、常識が通じる相手と思って対応してはいけない。こちらが『やってあげている』という感覚で接すると、裏切られた時に深く傷つく。職長や上司の心が折れてしまう。だから、私は社員たちに『もし裏切られても傷つくな。それが普通や。笑い飛ばせ』と。つまり、出所者とは一定の距離を保ちながら、徐々に心を育てる。難しいことではあるが、それができる人材を指導係につけること。あわせて、インセンティブも重要なポイント。具体的に言うと、ウチではこの子たちを預かる職長や上司には手当をつけている。実際、ある職長は毎朝、少年院あがりの子を家まで迎えにいく。インセンティブを与えてからは、これが職長の日課。この子は『もういいですわ』と言っているのに(笑)」

グループ売上高60億円を突破

■次に事業について。大型の建築や土木工事を続けて受注するなど好調です。カンサイ建装工業といえば、リニューアルや大規模修繕工事が中心というイメージですが、人材はどうしているのか気になります。

 「当社グループの祖業である日之出塗装工業(岸和田市)は、長年にわたって大手や中堅ゼネコンと取引があり、当社は以前から技術者のOBを受け入れてきた。今では彼らが大型工事の現場を支えてくれている。中には、バブル崩壊後の厳しい時期に、10億円規模の現場を1人で仕切っていた技術者もいる。加えて、グループの人材派遣会社に所属する技術者も、大手ゼネコンの現場などで経験を積み、スキルを高めている。人材面ではこれらが上手く噛み合っている。ところで、ウチの定年は原則75歳だから、ОBであっても長期で働くことができる」

■業績とこれからの事業展開については。

 「今年度の売上高は、カンサイ建装で約40億円、日之出塗装で約16億円、人材派遣で約5億円。グループトータルでの売上高は60億円を超える見通しだ。ホテルの新築工事や大型の造成工事も抱えており、 来年度はさらに増える。しかし、売上を伸ばすことが本来の目的ではない。人の縁を大切にしてきた結果だ。今後も決して無理はせず、リニューアルを事業の主軸に据える。その方針は変わらない。 当社は、人がいながら工事を進めることが得意で、かつ、リニューアル工事における社員の経験も実績も豊富だ。これら強みに磨きをかけ、20億円の売上でも利益を確保できる体制を固めたい」

■職親の話に戻りますが、現実問題として、草刈社長のように動ける経営者は少ない。他社にもできるものなのか。

 「できる筈だ。心構えや教え方といったノウハウの部分に関しては当社が責任をもって指導する。フォローもする。協力は惜しまない。成功事例をどんどんつくっていきたい。当然、出所者を雇うことは企業にとってリスクも伴う。 そこで当社では先日、安全協力会で『逃げられて損害が発生した場合、すべてウチが弁償する。だから雇って欲しい』と呼びかけた。すると20社ほどが手を挙げてくれた。職人が足りないから。とはいえ、最終的に定着率は3割ほどにとどまるだろう。職親の活動の輪をもっと広げるためには、第三者機関によるフォローアップはもちろんのこと、雇用する企業に対するメリットも必要になってくる」

■最後に一言お願いします。

 「私は刑務所や少年院では更生できないと考えている。結局、ひとりぼっちにさせられるから。やはり、人間が成長するためには人間が必要。知識は本から吸収できるが、人間力や自己肯定感といったものを育み、 自分の立ち位置を理解するには、周囲に誰かがいないとダメ。ともに生活するという環境が不可欠だ。一人ぼっちというのは、いわば時間が止まったままの状態であり、誰かがそれ動かしてあげないといけない。それこそが愛情だ」



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