日刊建設新聞社   CO−PRESS.COM
ビナ・キョウエイ・スチール社(ベトナム) 森 光廣社長  【平成26年05月15日掲載】

電炉・圧延一貫ライン、来年1月から本格稼働

停滞する異形棒鋼市場  形鋼分野にも注目


 2020年の東京オリンピック開催を控え、建設技能者の不足が懸念される中、先月、日本政府は外国人受け入れ拡大の緊急措置を決定した。それに合わせ、技能実習生の派遣元として大いに注目を集めている国の一つがベトナムだ。ある現地駐在員は「最近、こちらの送り出し機関を訪れる鉄筋加工業者が増えてきた」とも話す。 では、そもそもベトナムという国の現状はどうなっているのか。今からちょう
ど20年前、日本の鉄鋼メーカーとして初めてベトナムに進出した「ビナ・キョウエイ・スチール社」(VKS社、共英製鋼の連結子会社)。その初代社長に就くなど、延べ十年にわたって同社代表を務める森光廣氏(元ホーチミン日本商工会会長、前副会長)に、事業展開を軸に現地の景況などを語ってもらった。

 (中山貴雄)
 

■VKS社の日本式『ネジ節鉄筋』が今般、地下鉄工事で採用されました。

 「この品目としては、ベトナム国内初の本格的な受注となった。案件は、日本政府の円借款で進める地下鉄1号線高架部の建設工事。昨年の12月から出荷を開始した。そしてそれに続き、中部ダナン〜クアンガイ間の南北高速道路建設工事にも採用が決まり、今年1月から納入を始めた。さらに今後、土木系インフラ以外の分野、商業施設や高層のオフィスビルといった建築案件にも積極的に働きかけていく。手応えはある」

■事業展開する上で、今のベトナムの景気をどう捉えていますか。

 「当初はGDPの伸び率を年間6.5%〜7%程度と見込んでいたものの、実際には減速している。特に不動産関係が良くない。暦年のデータを示すと、2010年は約6.8%と好調だった。しかしその後、11年は約5.9%、12年は約5.3%、13年は約5.4%にとどまる。同様に異形棒鋼の需要についても、3〜4年前には、いったん年間約600万トンまで拡大したが、それ以後、緩やかに落ち込んだ。今では年間約500万トンで足踏み状態。それでも今年は、少々改善すると期待している」

■現在建設中である電炉・圧延一貫ライン。進捗状況は。

 「建設工事は順調に進んでおり、5月から機械の据え付けを行う。12月までには竣工し、年内にホットラン、来年1月から稼働を開始する予定だ。生産能力は年80万トン〜90万トン。現在のほぼ倍。もちろん主力の生産品目は異形棒鋼。だが前述の通り、その需要は芳しくない。だからこそ新たに、等辺山形鋼や平鋼といった形鋼分野にも本腰を入れて取り組む方針だ」

■その形鋼分野について、採用可能性のある用途を教えてください。

 「具体例を一つ挙げると、送配電用の鉄塔。ベトナムでは、電力需要量が年々増加し、発電所の建設を推進している。当然、それに合わせて鉄塔も必要となる。そしてここでは、殆どの鉄塔を等辺山形鋼でつくっている。
 さらには、日系の中小製缶業者からの引き合いも多い。ベトナム製の形鋼は要求品質を満たしておらず、現状では、わざわざ日本から製品を輸入し、構造物に加工せざるを得ない。そういった課題がたくさんある。そこで当社に対し、『ベトナムでも形鋼をつくって欲しい』と。このようなニーズを的確に捉え、建材以外の用途についても掘り起こし、徐々に拡販していきたい」

 「なお、ベトナムは昨年、日本政府の支援のもと『ベトナム工業化戦略』を策定。自動車・同部品、電子、造船など優先的に発展させる六業種を選定した。これから工業化が進むと、需要構造も変化する。将来的には、ベトナム国内の全鉄鋼製品需要に占める異形棒鋼の比率も緩やかに低下していくだろう」

■市場規模が拡大しない中、電炉業界も過当競争になっている。

 「ここでは殆どのメーカーが儲かってない。30社を超える参入メーカーのうち、利益を出しているのは当社を含め、大きいところで4社〜5社程度。また異形棒鋼だけでなく、全ての鉄鋼製品が供給過剰。そこで何が起こっているか。輸出だ。ベトナムは今や、鉄鋼製品の輸出国となった。輸出先はカンボジア、ラオス、フィリピンなどの東南アジアや中近東。唯一の例外はホットコイル。これだけは輸入している。だが、遅くとも2016年までには、『台湾プラスチック』が高炉を稼働させる。これによって鉄鉱石からホットコイルをつくる工場がベトナムに完成する。つまりここで、鉄源から製品までの高炉一貫生産が可能となる」

 
   建設会社の動向は

■建設会社のベトナムでの動向についてはいかがですか。

 「ゼネコンでは、相変わらず韓国、中国勢が強い。とりわけ中国の業者は発電所関係のプロジェクトを多く受注している。当然、政治的なつながりも考えられるが、何より圧倒的にコストが安い。加えてベトナムの地場ゼネコン。彼らは日系ゼネコンとの共同受注や、その下請け工事をしながら着々と施工力をつけてきた。要するに、建設市場での競争環境は極めて厳しい。その上、代金回収や工事遅延といったリスクも高い。日本の建設会社もなかなか応札しにくいとは思う」

 「一方、日本の小売業、特にイオンさんは元気がいい。今年1月、ホーチミン市内に『イオンモール タンフーセラドン』(施工は大林ベトナム)を開店。大盛況だ。今秋には、ビンズオン省に2号店となる『イオンモール ビンズオンキャナリー』(同前)をオープンする。どちらもホーチミン中心部から車で30〜40分。ちなみに、これら施設の建設工事には当社の製品を採用いただいている。
 ここ数年、ベトナム経済は停滞している。とはいえ、最低賃金は引き上げられ、国民の年収は確実に増えている。また人口も多く、平均年齢も若い。中間層がどんどん分厚くなっている。従って、そこをターゲットにした小売業は間違いなく伸びる。発表されているように、イオンさんは2020年までに全土で20店舗展開する計画だ」

■現在、ベトナム人の平均賃金はどの程度のレベルですか。

 「所得をどう捉えるかは難しいが、ここホーチミン市民の1人当たりGDPは、ベトナム全国平均(約1900USドル)と比べても高い。最低賃金(円換算で月給約1万3千円)から、ある程度の見当をつけると、月に2万円〜2万5千円、年収にして30万円くらいではないか。そして大抵が夫婦共働き。市民平均所得が4500USドル/年という数字も出ている。いずれにせよ、購買力は着々と上昇している。その意味では、小売業のポテンシャルは高い。事実、日本食レストランに行っても、ベトナム人の姿を目にすることが多くなった。少々値段は高いが、刺身や寿司を食べている」

■ところで、中国人にかわって、ベトナム人の技能実習生を受け入れたい。そう考える日本の専門工事業者も増えています。

 「ここの人たちは基本的に真面目。だから好まれる。私の知っている大阪の鉄筋加工業者も、ずいぶん前からベトナム人の実習生を受け入れている。日越関係を考えてもいいことではある。 ただ、一番の問題は実習生が逃げ出すこと。受け入れる業者もこの点を最も懸念している。場合によっては、業者の社長自ら訪越し、採用面接を行う。さらに、その子たちの出身地まで出向き、家族とも面談する。逃亡を抑止するため、そこまでアレンジする派遣業者もいるようだ。
 また、せっかく日本で技能を身につけたというのに、ベトナムに帰国後、建設会社ではなく、別の業種に就職する。そんなケースもあると聞く。建設の技能より、日本語能力をいかした仕事の方が稼げるから…」

■帰国した実習経験者と協力し、ベトナムで事業を始める中小企業もあるようです。

 「現に、先に述べた製缶業者や機械加工業者はそういった形で進出し、商売をやっている。しかも中には、ベトナムでの業歴が浅いにもかかわらず、『もう仕事が一杯だ』という業者も出てきた。
 他方、建設関係の専門業者ではごく僅か。私の知る限り、鉄筋加工業者で一社か二社ほど。何故か。ベトナムでは、鉄筋加工そのものがあまり認知されていない。依然、ワーカーが現場で作業している。もっとも鉄筋加工の場合、投下資本も少なくて済み、将来的に可能性はあるかも知れない」

■では、それら経営者はどういった経緯で進出を決断するのでしょう。

 「ごく簡単に説明すると、例えば、日本の製缶業者がベトナム人実習生を受け入れ、3年かけて溶接などのノウハウを伝承したとする。ところが、彼らがベトナムに帰っても、その技能に見合った就職先がない。翻って、彼らを受け入れた製缶業者も日本国内の仕事は先細り。おまけに後継者も育っていない。それならいっそのこと、ベトナムで現地法人を立ち上げ、彼らを雇って一緒に仕事をしようかと。思うに、こんな流れではないか」



Copyright (C) NIKKAN KENSETSU SHINBUNSHA. All Rights Reserved.
当サイトを利用した結果に関するトラブルなどに関しては、当社としては一切責任をとりかねます。