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関西大学社会安全学部 河田惠昭教授  【平成24年09月24日掲載】

「防災・減災のまちづくり」

【南海トラフ】へ市町村ごとに対応


 毎年9月の「防災の日」と「防災月間」に因み、全国各地で防災訓練や避難訓練が実施されている。近畿圏では、南海トラフに起因する東海・東南海・南海地震の発生が極めて高い確率で予測されており、その対策が急務なものとなっている。これら大規模災害に対し、日常の生活レベルの対策から行政としての役割まで、幅広い視野で様々な提言を行う河田惠昭・関西大学社会安全学部教授に、減災・防災の観点からのまちづくり、地震や津波への備えについて聞いた。

■先に内閣府から南海トラフによる地震・津波の想定結果は発表されましたが、それを踏まえて、まず減災・防災のまちづくりについてお聞かせ下さい。

 今後、新たなまちづくりを行う上においては、基本的には東日本大震災を契機に成立した津波防災地域づくりに関する法律を適用して、公的資金を活用して長期的にやっていくことになります。そのための手続きとしては、地元知事が地域を指定しなければなりませんが、その前提として該当する市町村が手を挙げなければならない。それら市町村では、まず、まちづくりを行う上で、想定される津波がどのような特徴を有しているかを予め計算しなければなりません。その中で、めったに起こらない、レベル2の津波が発生した時、その町がどのような状況になるのかということをシミュレーションして、そこの土地利用計画が決まってきます。そういったプロセスを経る必要があります。

津波被害想定した上で土地利用計画

■内陸部か沿岸部か市町村の位置によって当然、変わってきますね。

 そうですね。例えば和歌山県と大阪府では、その内容が随分と違ってきます。和歌山県の場合、津波警報が出てから避難するまでの時間が短い。これに対して大阪では避難時間に余裕はありますが、市域には広大な地下空間がある―といったリスクがあり、地域ごとに内容が違ってきます。このレベル2のようなめったに起こらない津波が発生したときにどうなるのかを想定し、そこをきっちりと抑えることが、まちづくりの最初のステップになります。ですからまず、そこをやる必要があります。これらをやることによって、現在のまちのどこが大きな被害を受けるのかが相対的に出てきます。そこで初めて、避難所や病院、庁舎の配置場所など、土地の利用計画が決まってきます。

■その指定地域についてですが、各市町村のエリア内に限定される。

 同府県内なら問題はないでしょう。ただ、被害は広域にわたりますから、他府県と協議したほうがいいでしょう。

■南海トラフを起因とした場合、地震よりも津波対策に重点を置いた方がいい。

 地震の場合、耐震性が課題になりますが、耐震性の向上について言えば、特に住宅の耐震補強に関しては補強が進んでいるというより、建て替えにより耐震性が向上してきている。このため、住宅の倒壊による死傷者は減少すると見てもいいでしょう。ただ津波の場合は外力によるものであり、今回の想定の試算では32万人中、23万人は津波によるもので、8万人は住宅倒壊によると試算され、約3倍程度の開きが出てきている。この数字は将来的にはもっと大きくなると見て間違いありません。

■津波対策として住民や行政の対応としてはやはり避難する、逃げることが一番になる。

 前提としては、めったには発生しないが、確率がゼロではないといった津波の場合、当面は構造物で防ぐことには無理があります。防災対策では、命を落とすことは避けなければならない―ということできておりますが、100年や200百年に一度の割合の地震に対しては、現在の防災施設で対応し、それを超える場合については堤防が簡単に壊れないよう着実に整備していかなければならない。ただ、それを上回るようなレベル2クラスのものについては解決は難しいものとなってきます。しかしそれでも防災施設が崩壊しなければ、無防備な状態と比べれば助かる確率は高くなるといった点で議論になっています。そういった施設が壊れなければ、命が助かる可能性があるんじゃないかという議論もあります。

遅れている水道管補強

■確率はともかく、やるべきこと、すべきことはやって置く必要があるということですね。

 例えば、ライフラインでは特に埋設されている水道管や下水道管の補強は非常に遅れている。自治体の財政事情もあるんですが、ここはきちっとやっておかなければ事が起こってからでは遅い。

■先程、被害予測でも地域によって異なってくると言われましたが、そうなると対策においても地域によって違ってきますね。

 リスクの比較によりますが震度6強と5強では被害の状況が違ってくる。当面は南海トラフの震度分布が発表されておりますから、それに準拠して対策を立てることは当然ですが、将来、内陸型直下型地震のリスクを見直した時にそれも変わってくる可能性もあります。ですから事業を展開する場合、プライオリティというものは評価の仕方によって変わるものであるといった認識を最初に盛り込んでおかないと「約束違反だ」とか「最初のやり方が間違っている」だとかの議論が起こらないようにする必要がありますね。

■さて、近畿各府県における防災拠点の強化の必要性についてですが。

 近畿の社会基盤は、古いもので50年を迎えるものもあり経年劣化を考えると維持管理はきっちりとやっていく必要はあります。そこで手を抜かず、災害が発生した場合にどうするのかではなく、発生する前に対策を立てておくことが重要で、そこをおろそかにすると災害が発生してからでは無理です。ただ、近畿の場合、阪神・淡路大震災を経験しているだけに各府県の防災意識は比較的高いと思います。

まず、住民の安全・安心の確保

■近畿圏には首都圏の代替機能の役割を求める意見も多いですが。

 あれもやる、これもやるといった余裕はないと思います。基礎自治体として備えておかなければならない防災機能とは何か。まずそれを柱にしておくべきです。それを進めていく中で、首都機能代替施設を考えることが可能となれば、そこでやればいい。それを最初から考えてしまうと、防災事業そのものの目的がおかしくなってしまうと思います。まずは、地域住民の安全と安心の確保です。

■レベル2クラスの津波の場合、例えば港湾での防波堤等の防御施設は機能しなくなるのでは。

 広域災害への備えとしては国土全体のグランドデザインが必要となってきます。例えば太平洋側と日本海側の港湾の役割ではこれまで、経済的なコスト を中心に計画されてきました。特に日本海側はロシアや中国との物流交易の上で必要だとして整備されてきました。しかしそこには、南海トラフ地震が発生すれば 東京港以西の太平洋側はもとより、一部瀬戸内海の港湾も被災するといった発想はありませんから、そういった視点での見直しは必要です。
 また、四国や紀伊半島の沿岸は陸の孤島になる恐れがあり、そうなると海からの救援活動が必要となりますが、その時に耐震強化岸壁がなくて港湾機能が働かないと なったら大変な事態に陥ります。そういう意味でも港湾を中心としたインフラの維持、整備が重要となってきます。

■ただ、大規模地震発生までの時間的な余裕があるかどうか。

 上手くいけばあと20年程度の余裕はあります。それくらいのロングスパンの計画を柱にしておかないと、2年や3年で出来るものではありません。 さらに財源の問題もありますから、その両面で計画しておいたほうがいい。

■建物の耐震基準に関しては中央防災会議が新たな基準を示すとしていますが。

 住宅に関してはこれからですが、だいたい3カ月程度でアウトラインを出し、細かな議論は次のステップになります。超高層ビルは全国に約2,500棟 あるとされており、そのうち東京に約1,500棟、大阪には約300棟あるとされており、これら超高層ビルが震度6強クラスの揺れに対してどのように反応するか、 大阪でもやっておく必要はあり、国が決める基準はもとより、各自治体でも独自に対応しておいた方がいいでしょうね。

港湾中心のインフラ整備が重要

■津波に対してはやはり「逃げる」ことが最大の備えとなる。

 避難する場合でも、鉛直避難か水平避難か、その場所にどういった安全施設があるかどうかで決まります。環境条件と物理的に車等で避難できるか どうかの議論は必要です。民主主義の基本的原則は自己責任です。避難勧告が出ているのに避難しないのは民主主義に反することになります。欧米では非常事態に なれば、避難勧告が出る前に真っ先に本人が逃げ出します。ところが日本では避難勧告が出ているのにも関わらず避難しないケースが非常に多い。
 これは、計画のプロセスの中で住民が関与しているか、していないかで差が出てきます。それを啓蒙することが行政の役割で、合意形成や参画と協働は民主主義の プロセスの中では非常に重要なことになっています。日本の場合、そういったトレーニングなしで制度化してしまう。例えば仮設住宅に入居した被災者が、まちづくりに 関して行政に意見を出す場合、協議の議事録を作成しなければならない、提出に際しては文書で提出しなければならない等、そういった手順すら分からない。 これはそういった経験がないから分からないわけで、民主主義のプロセスに関わったことがないからです。

■先程トレーニングと仰いましたが、先日、大阪府が携帯電話を使った大規模な訓練を実施しました。

 いいことだと思います。訓練することによっていろんな課題が見えてくる。それをクリアすることが大事なわけです。地震時には机の下に 隠れなさいといいますが、たいていの人は両手で頭を抱えて隠れますが、多人数の場合、それだと抱えた手が机につかえて机が動いてしまいます。 本当は片手で頭を守り、片手で机を支えることが必要です。これも実際にやってみて分かることで、それをやらずに口で注意するだけでは効果はありません。 実際に何度もやることによって覚える。そのために訓練は必要です。身近でちょっとした心がけで出来ます。その場で自ら参加し避難ということを考えることができます。

行政にこそBCP必要

■国土交通省では、企業に対してBCPの作成を要請しておりますが。

 これは企業だけでなく、行政にも必要です。企業のBCPは日常業務に戻すことが最大の目的ですが、行政の場合、通常業務以外はもとより 災害対応の業務が課せられます。組織が機能しない中で、被災者の対応から仮設住宅の建設まで、新たな業務が増えるわけで、そういった観点からも 行政にこそBCPは必要ですね。

河田惠昭(かわた・よしあき)
 1969年京都大学工学部土木工学学科卒業、同大学大学院工学研究科修士課程、同博士課程修了、米国ワシントン大学招へい研究員、フルブライト上級研究員(米国プリンストン大学)を経て93年京大教授、96年巨大災害研究センター長、02年人と未来防災センターセンター長(兼務)、05年京都大学防災研究所長、2010年関西大学社会安全学部教授・同学部長、11年東日本大震災復興構想会議委員。大阪市出身。66歳。
(聞き手・文責=渡辺真也)


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