日刊建設新聞社   CO−PRESS.COM
社団法人 大阪府建団連 阿食更一郎相談役  【平成24年03月26日掲載】

職人の社会保険加入

実現に向けたモデルケースづくりを

法定福利費は別枠支給で


 社会保険未加入企業排除の方針が明確に打ち出されたものの、地方と比べて直用率が低く、加えてダンピングにあえぐ大阪では、職人の正規雇用へ向けた現実的な方策が見出せない様子でもある。業者の実状やこれからの道筋などについて、社団法人・大阪府建団連相談役の阿食更一郎氏に話を聞いた。     (中山貴雄)

■職人に社会保険を加入させる動きが本格化してきた。

 「正直、今頃になって騒ぎ出したという感がある。もともと法律ではそうなってる。事業主は負担が増え、働く職人は控除分だけ手取りが減る。短期的に双方痛みが伴い、おまけに受注単価に反映できない。だから先延ばし、ツケを回してきた。
 特に関西ではゼネコン同士の叩き合いが続き、社会保険なんて意識は希薄だ。実際、元請も生き残るのが精一杯。また今回、仮にゼネコンの本支店がそれを認めたところで、実務では『現場所長に一任』となる。一方で所長は経費を削って利益を残さねばならない。従って、設計金額の70%や80%での受注が続くようでは、実現はおぼつかない」

■ダンピングの是正がまずは必要ということ。

 「さらに問題になるのが仕事の平準化。建設業特有の『仕事の波』が不安定な雇用環境をつくったとも言える。仕事がない時、事業主には法定福利費を含む固定費が重くのしかかり、耐え切れず潰れる業者も出てくる」
 「ウチも以前は、100人を超える直用を抱えていたが、今では20人程度。ただし、固定給ではなく日給月給でやっている。それでも法定福利費の負担は相当キツイ。基本給で最低限の生活を保障すべきことも承知しているが、安くしないと仕事が取れない。それが本音だ」

■そもそも直用の基準も分かりにくいところがある。

 「専門工事業者が定義を曖昧にした部分もある。『ウチの仕事しているから、ウチの職人や』といった具合に。これは屁理屈だ。また本来、基幹技能者くらいは正規雇用しないとダメ。その業者の仕事に長年携わり、現場では業者を代表して作業に取り組む。しかし実態は派遣に過ぎない。それでも業者は、『ウチには基幹技能者が10人いる、20人いる』と胸を張る。これは滑稽だ。やはり社員にするのが事業主の責務。九州など地方では当然のこと。ところが大阪では一割もいない」

■そんな状況下、職人の正規雇用に向けて必要なことは。

 「20年ほど前から、鉄筋組合の岩田さん(岩田正道・元理事長)は、『法定福利費は別枠支給にしてくれ』と言い続けていた。つまり消費税と同じ扱い。このやり方が一番良い。例えば左官工事なら請負金額の何%が工賃にあたり、法定福利費がいくらか大体分かる。例えば、1億円の工事で8割が人工勘定とすれば8千万円。そこから社会保険分を概算し別枠で確保し、事業主や職人に支払う。また、残った分は公的資金のような形で活用するとか。そんなオープンな仕組みが必要になる」
 「かつては、社会保険を含んでも採算が合う受注単価だった。しかし職人の処遇改善もせず、ポケットに入れてしまう一次業者もいた。文字通りあぶく銭。道楽に使ってしまう。そんなこともあって透明化は不可欠。この業界には、真面目に法律を守る業者に金が残らず、ポケットに入れる不届き者が力をつける側面もある。だからこそ、業許可を与える段階で役所が法定福利費を徹底的にチェックしないとダメだ。事実、10億円ほどの売上高で法定福利費が100万円くらいという会社もあった。そんな業者に許可を与えてはならない。行政には毅然とした対応を求めたい」

■業界としてはどう動くべきか。

 「リーダーは号令だけでなく、自らの会社で率先して職人を正規雇用にしていく。そんな姿勢が大切だ。そうしないと問題点も見えないし、誰もついて行けない。そして実際にモデルケースをつくり、『これだけコストがかかるよ』と具体的データを示していく。やはり机上計算では限界がある。とにかく汗をかいて取り組まなければ、迫力も説得力もない」
 「もっとも、専門工事業界だけが気勢を上げてもどだい無理な話。結局、お金は元請から流れるし、その元請が安い下請を使おうとするから。対して一次業者も飯を食うため、二次、三次と分散して社会保険負担を免れる手段をとらざるを得ない。
 そして実際、いくら安くなっても建物はできていき、現場も綱渡り状態だが滅多に止まらない。もちろん、業界全体で職人がいなくなる危機感はあるものの、当事者意識に欠ける。一時的に不足すれば金を出してヨソから連れてくる。日本にいなくなれば外国から呼べばいい。しょせん、そんな感覚だろう。口先ばかりで業界の将来など考えていない。元請下請ともに意識改革が必要だ。老後の保障もないような業界に若い人は夢を託せない」

■元請の理解、元下の信頼関係が前提となる。

 「やはり、大手ゼネコンが先頭に立って協力会の幹部、つまり主力の一次業者を軸に、その二次や三次までやらせてみる。『お前の現場は8割くらいの職人に社会保険をかけろ』と。当然、その現場については、他の業者から見積もりを取らない。同時に、しっかりと金の流れも押さえる。これくらいの意気込みが必要。あわせて行政側がゼネコンを説得できるのか。これも大きなポイント。
 また職人サイドの問題として、保険加入にあわせて生産性や品質を向上させることも大事。そうでなければ直用化の値打ちも出ない。逆に出来高が落ちてしまえば、それこそ業界全体がおかしくなる。安定を考えると能率が落ちる仕事だけに調整は難しい。元請も下請けも手腕が問われるところだ」

■建専連西日本ブロックでも、九州などでは正規雇用比率も高く、モデルケースとなる業者も存在する。ところが都市部では進めにくい。

 「つまるところ、大阪は窓口業者が多すぎる。これが問題の本質。働く人が減っても、窓口は減らない。ゼネコンも同じ構造で建設業界の一番悪いところ。職人はいないのに業者だけ生き残る。例えば左官でも大工でも、他社より1割、2割下げて受注するケースもあるが、根拠なんて何もない。結局、同じ職人が施工する。仕事がないから無理して取っただけ。当然、歪みも生じる。おまけにその安い価格が定着する。まさに悪循環だ」
 「戦後は業者も少なかった。高度成長期、とりわけ万博の頃から仕事が増えて世話役が独立し、雨後のタケノコのように窓口が増えた。その後、仕事は減っても業者は減らず過当競争。それでも財務が悪いから、簡単に3社を1社に集約することも不可能。法定福利費をかけろという理屈は分かる。繰り返しになるが、それでは現実問題として仕事は取れない。ゼネコンと、その窓口業者の数が今の半分程度になれば、上手く回る筈だ」



Copyright (C) NIKKAN KENSETSU SHINBUNSHA. All Rights Reserved.
当サイトを利用した結果に関するトラブルなどに関しては、当社としては一切責任をとりかねます。