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青木伸一 土木学会関西支部長  【2024年11月18日掲載】

活力ある国土形成へ、支える土木技術


 道路や橋梁、ダム、港湾等の社会基盤の整備や、地震や台風等の自然災害に対応する防災・減災対策など、土木技術が果たす役割には大きなものがあるが、現在では、技術者不足が懸念されている。土木に関する技術や学術的研究の専門家集団である土木学会関西支部の青木伸一支部長(大阪大学名誉教授)は、高度情報化時代での技術者育成の難しさを語る一方で、女性技術者の活躍に期待を寄せる。その青木支部長に海岸工学の観点からの防災のあり方と支部の活動状況等を聞いた。

   東日本大震災以降、津波・高潮対策が変化

■まずは土木との関わりから。

 専門は海岸工学で、阪大から同大助手を経て豊橋技術科学大学で18年半勤めました。豊橋にいた時代は、海岸防災や海岸保全のほか、水質等の環境面での課題があり、海岸工学もそういった面での領域が広がりつつあった時期でした。当時、遠州灘や三河湾を対象に研究していた土木系の研究室は私だけでしたし、大学が海に近かったことから、学生と一緒にいろいろなことにチャレンジしました。
 2006年から2011年までは、大きなプロジェクトのリーダーとして砂浜を保全し海岸の防災力を高めようとした研究を産学官と連携して進めていました。その研究のまとめの段階で東日本大震災が発生し、その後は防災が一気にクローズアップされました。特に津波対策は東日本大震災以降大きく変わり、静岡ではレベル2の津波に対応するために高さ15メートルの堤防が整備されました。2012年に大阪に戻ってからも、津波や高潮、海岸侵食や水質問題に関わる公的な検討会等の委員を務めながら海岸の防災や環境問題の研究を進めてきました。

■大阪に戻られてからは高潮対策に取り組んでおられますね。

 豊橋にいた2009年の台風18号で三河湾に伊勢湾台風級の高潮が発生しましたが、当時たまたま三河湾内で水質観測を実施していたことから、水位や流れのデータを取得することができ、高潮現象に関心を持っていました。平成30年の台風21号では関空連絡橋に衝突した船舶が注目されましたが、港湾でも非常に大きな被害が発生しています。台風21号による大阪湾での潮位上昇は、昭和36年の第二室戸台風によるものより大きく、また波も設計波高を超える大きな波が発生し、これらは想定外のものでした。当時は津波防災への意識は非常に高かったのですが、大阪湾では以後に高潮被害がほとんどなかったこともあり、高潮への防災意識が低くなっていました。当時水防法が改正され、高潮についても考えられる最大級の高潮が検討されてはいましたが、高潮による大きな被害が発生したことから一気に議論や対策が進みました。

   大規模災害はハード・ソフトの対策が必要

■それら災害に対して土木の役割や取組みはどのように。

 気候変動により今後は予想できない災害が発生することも想定しておく必がありますが、大きな災害を土木的なインフラだけで抑え込むことができないことは東日本大震災で明らかになりました。このため避難誘導等のソフト対策により対応することとされていますが、果たして実際に災害が発生した場合に、適切に避難できるかどうか、うまくいかないことも想定しておく必要はあります。
 今年元旦に発生した能登半島地震で甚大な被害を受けた七尾港ではBCPは策定していましたが、震災当日は計画を見て実行する余裕はなかったと聞きました。インフラによってハードの防御レベルを上げていくと、限界を超えた時のギャップは大きく、そのギャップに対応するソフト防災力もしっかりしていないと対応ができなくなります。ハード防災力を上げていくなら、並行してソフト防災力も上げていく必要がありますが、難しい面が多々あります。

   変わるバーチャル 世代の土木意識

■災害対応やインフラ整備において土木の役割は不可欠ですが、現在は土木技術者の確保が課題となっています。

 学生の土木に対する思い入れみたいなものは変わってきているとは感じます。あまり入れ込んでいないというか、かつてと比べて弱くなっているように思います。私の学生時代には、「日本の土木事業を支える人材を輩出する」という教授の熱意に共感したものでしたが、現在の若者は、例えば転勤を嫌がるなど、自らのライフスタイルを第一に考えています。
 また、情報技術の発達により、自ら実践し体感しながら理解していくことより、例えば計算ソフトやAIなど既存のツールを使って解を導き出す傾向が強くなっているように思います。かつては難しかった計算も今では簡単にできてしまう時代になりましたので、自然な流れとは思いますが。
 海岸工学の実験では、波を発生させることができる実験水槽を使って実験することが多いですが、今はバーチャル水槽で計算機により現象を再現することも多くなっています。実現象を見ずに技術力が養われるのかどうか、疑問に思う時もあります。実験結果が計算と合わないと、実験の方が間違っていると考える学生もおります。計算はあくまで仮定に基づくものであり、実際には計算通りに行かず、いろいろ予想外な結果が起ります。ソフトが使えるだけでなく、計算機が出した結果を吟味できる力を身に付けることが、これからの技術者には求められると思います。

■若者に土木の魅力をどう伝えるか、また女性の力を活用することも必要です。

 土木はダム、トンネル、港湾等の大きな施設以外にも、普段使っている道路や橋梁など身近な施設も対象ですし、防災や環境など生活に密着した問題にも関係しています。それだけに、結果が目に見える仕事が多く、やり甲斐というか、携わったことによって得るものが分かりやすい仕事ではないでしょうか。
 若者も、ライフスタイルを大切にする一方で、仕事のやり甲斐を求めています。土木の魅力を土木技術者としてのやり甲斐の面からアピールすることは重要かと思います。
 女性の土木技術者に関しては、近年、大学や高専の土木系では女子学生が増えてきています。特に環境や防災関係での女性の関心が高くなっています。女子学生は、男子学生に比べて、そもそも土木に魅力を感じて専攻している学生の割合が高いように感じます。土木学会にも今年初めて女性の会長が誕生しましたが、まだまだ業界における女性の割合は低いのが現状です。
 現在、ゼネコン等では現場環境の改善に努め、女性が働きやすい環境整備が行われています。また、現場でも女性の方が職人さんとのコミュニケーションの取り方も上手なようで、今後はますます女性の力が求めらそうです。女性の土木技術者がさらに増えることを期待しています。

   支部創立100周年へ 活発な活動を

■最後に関西支部の魅力を。

 関西支部は、ある意味で学会活動の理想形ではないかと思っています。大学や行政等の単一の組織が持ち回りで主たる運営を行っている支部もありますが、関西支部では、いろんな組織の方々が集まり、それぞれが意見を出し合いながら運営にあたっています。そのため、いろんな会員の方々と交流する機会も多く、特に専門分野以外の方々と交流できること、そういった場を提供できることも支部の魅力だと思います。
 また、若い会員を対象に行っているシビルアカデミーでは、会員の交流の場を提供するために、意見交換会や見学等を行っています。今年も関西国際空港の現場見学のあと意見交換を行いました。
 このほか、自治体との連携事業や市民を対象とした見学会等のイベントも充実しています。関西支部は2027年に創立100周年を迎えますが、今後も関西支部らしい活動を活発に実施できる支部運営に努めていきます。

■ありがとうございました。

 
 
 


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