日刊建設新聞社   CO−PRESS.COM
戎 正晴 弁護士  【2021年01月04日掲載】

マンションの「適正管理」画期的な法改正

将来の安心のために 管理計画自治体が認定


 分譲マンションにおける管理組合の担い手不足と老朽化マンションの増加が懸念される中、昨年年6月に、改正管理適正化法及び建替円滑化法が公布された。適正な管理に基づく修繕や再生を促進するためのもので、その趣旨について国土交通省の委員として法改正に関わってきた弁護士の戎正晴氏は、「街中に巨大な廃墟をつくらないため」と指摘する。その戎氏に、改正に至る経緯や大規模修繕工事の発注方式も含めた適正管理のあり方を聞いた。

   適正修繕工事が一丁目一番地
   管理組合 求められる主体的な意思決定

■今般、マンションに係る適正管理等について法改正が行われましたが、まずは、法改正の背景から。

 改正法では、管理組合と行政の責務が強化されました。適正管理とは端的には適正な修繕工事ということです。改正にあたっては、法令が施行された平成12年を境に、マンションを取り巻く状況が劇的に変化したことです。それ以前では、マンション管理は戸建住宅と同様に管理に関しては所有者の判断に委ねていましたが、しかし、戸建住宅はともかくマンションを適正に管理しなければ、巨大な廃墟と化してしまう恐れが出てきた。
 もし、そうなった場合、公的に迷惑を被ることになってしまうことから、国が基準を設けて適正に管理することを目的に法規制を行ったものです。つまり、国が管理レベルを設定し、そのレベルで管理することを適正管理とする、国が個人の住宅に対して管理指針に基づく管理を求めたものですが、ただ、戸建住宅の修繕については国は関与せず、マンションに関して国が関与することとしたもので、画期的なものと言えます。
 これに伴い、行政側もセミナー開催や相談窓口を設けるとともに、新たな資格としてマンション管理士制度を創設し、管理組合をサポートすることとしました。これらもマンション管理に対して公が関心事を示したものとして画期的なことです。

■なるほど。

 しかし、管理組合の区分所有者が高齢化し、また景気低迷により所得が伸びなくなった所有者が増えたため、管理費や修繕積立金の滞納が増加し、これにより適正管理ができないとする組合が出てきました。また、区分所有者が部屋を賃貸し、住まなくなってきたことから、組合役員のなり手がなくなり、管理に関して組合内で合意形成が困難になってきた。普通決議による修繕についてすら合意形成が難しくなり、その一方でマンションの老朽化が進んでいきました。
 これら種々の事情により国の指針に沿った適正管理が行えなくなってきた。また、空家対策法が施行されましたが、マンションの場合、全住戸が空家にならないと適用されない。同法では、所有者がその責任を全うできず放置され、それにより周囲が迷惑を被る場合、空家と認定され代執行による解体が行われますが、マンションでは適正管理法により空家ができないようになっているはずなのです。
 令和2年2月にマンションの敷地崩落による死亡事故が発生した事例あり、遺族が区分所有者に対して損害賠償請求を行い、裁判で適正管理がなされてなかったとして賠償命令が下されることもあります。また滋賀県では、空家マンションが行政により解体され、区分所有者や承継人に工事費が請求されましたが、対象者数が少なく負担金額が大きかったことから工事費の回収が見込めない事例がありました。これらの事例について戸建所有者から、適正管理義務がある放置マンションを行政が税金を使って撤去することは納得できないとする意見が出ました。

■当然、そうなるでしょうね。

 マンションの管理組合は、借家人でも家族でもなく区分所有者のみで構成する団体です。これは所有者責任を果たすためで、この場合の責任とは、共有物を他の区分所有者とともにコストを負担して維持する責任と、周囲に対する工作物責任、先程言いました敷地が崩落して第三者に害を及ぼした場合の責任、さらに適正化法が定める公に対する適正管理義務で、マンションを不良ストックとしない、巨大な空家を街に残さないとする責任です。
 これら所有者としての責任が果たせない、あるいは責任を果たさない―といったことを防ぐために適正管理法ができましたが、まだまだ不十分であることから今回、法改正に至ったものです。
 今回の改正により行政と管理組合の責務が強化されました。改正では、行政側は国が適正化に向けた指針を作成し、地方自治体はその推進のための計画を策定し、組合に対しては、条文に「自ら適正管理を行う」とする文言が明記されました。これは、自助努力を促したもので、これに基づき管理組合は長期修繕計画だけでなく、5年毎に更新する全体の管理計画を作成し、行政に申請して認定を受けることとし、行政は異議のない限りその結果を公表することとしました。
 これにより、管理計画を策定しない組合、計画は策定したが申請しない組合、申請したが認定されなかった組合、計画が認定された組合と4つに分かれ、これを基に市場評価が行われることになります。また行政側は、管理状況によって指導や勧告を行うことができることとなりました。

■こうした管理の適正化に伴い、適正な修繕工事のあり方も求められ、管理指針の中にも発注等の適正化が明記されています。

 適正な管理の肝は、適正な修繕工事です。しかるべき時期にしかるべき内容の修繕工事が、きっちりとした意思決定の下で実行される。ここが一番大事な部分で、管理指針の中の一丁目一番地と言えます。それを実施するためには長期修繕計画を策定する必要があり、規約も定め、意思決定も図らなければならず、そのためには理事会がきちんと機能することが必要となる。
 ここで言う適正な修繕工事とは、修繕時期と内容と費用です。修繕時期を曖昧にすればその分劣化が進む。修繕可能な時期に手当しなければ、いざ工事となった場合に費用がかさみ、修繕積立金を必要以上に取り崩すことになってしまう。修繕工事が適正かどうかは発注段階で決まります。このため発注方式が重要になってきます。

   発注プロセス見える化重要
   工事費の新しい金融支援も

■発注方式の重要性とは。

 発注方式が重要なのは、この時点で工事内容と工事費が決まるからです。近年、発注を巡って悪質なコンサルタント業者による事件がありました。発注者は管理組合が、組合員が内容や工事費について意思決定を行った上で行いますが、本当に組合員が理解しているかどうかが問題になります。
 適正な修繕工事を行うには発注方式が適正でなければならない。そのためには管理組合が、工事内容と工事費が決まるまでのプロセスを知った上で意思決定することが重要で、これをクリアして適正な修繕工事が行え、これらの手順を踏まえたものが適正な発注方式となります。
 発注方式に関しては、国交省のガイドラインでは責任施工方式と設計監理方式の二つが基本的なものとして示されています。もちろん、これら方式がダメだとは言えませんが、いずれの方式でも工事内容と工事価格決定のプロセスが管理組合には見えにくい。このプロセスを「見える化」して、専門家が管理組合をサポートして管理組合が意志決定することが本来のあり方だと思います。

■管理組合の意識を高めることも大事です。

 定期的な点検や修繕の費用は修繕積立金から支出されますが、この積立金があることで組合員のコスト感覚が育ちにくくなっている。その都度、修繕費が徴収されればいくら掛かるかが分かり、工事費の「高い」「安い」の感覚が生まれる。積立金からの支出では、コスト意識が低くなりがちで、そこを業者につけ込まれ余分な工事が追加されるおそれもあります。

■修繕積立金だけをみて工事項目や仕様を設定する業者もいると聞きます。

 例えば、積立金が不十分な場合に予算に合わせた工事を実施する。8千万円かかる工事なのに、3千万円でできる必要のない工事をやる。そうなると定期的にやらなければならない修繕工事ができなくなってしまう。計画していた工事の単なる先延ばしや、計画前にできる範囲だけの工事をやることは本来、望ましくない。今回の改正法では、予算不足や決議ができないから適正管理できないといった弁解を認めておらず、円滑化についても、除去再生しやすいような方向に向かうと思います。
 一方、行政側にも、マンションを統括する部局のない自治体が多く、その戸数も把握していないところまであるため、法改正にあたっては、管理計画の届出制度に関しては、適正化推進計画の中で地方自治体が制度を作るかどうかを判断することになりました。いずれにせよ、これまで待ちの姿勢であった行政も攻めの姿勢に変わっていきます。

■なるほど。

 そして、こういった状況の中で、修繕工事の適正化を推進するためにはプロポーザルや総合評価方式といった多様な発注方式を国のガイドラインに明記することで、管理組合に発注方式についての関心と理解を促すことも必要です。
 また、工事費に関しても、金融機関では新しいマンション管理金融を実施し始めています。中でも住宅金融支援機構ではパソコンにマンション規模や工事内容を入力するだけで概算工事費がシミュレーションできるソフト「長期修繕ナビ」を開発して公開しています。これは、工事費に対する融資額が適正かどうか、過去の融資事例と比較しながら工事費と工事内容について適正かどうかを確認できる仕組みです。これを参考にすれば、工事の見積金額の妥当性について業者に対し説明を求めることができ、これまで不透明だったものを見える化し、主体的に決議を行えるようになります。今回の法改正による適正管理の推進は、こういったリンクする部分も含めて行われています。
 また、建替円滑化法も除却認定のとれるマンションを増やしており、これにより、建替なり除去を促進し不良ストックを解消するもので、適正管理ができなかったなら解体しなさいと。つまり、管理の適正化と再生の円滑化を、一体と考えることでマンションを巨大な廃墟にしないことを目的としています。
 さらに今回の改正では適正化法の中に初めて建替支援に関し、長期修繕計画の中に建替時期等を明記するというコメントが追加されます。建替時期を明確にすることで、修繕積立金を建替や解体用の積立金に切り替えることで先行きを視野に入れた計画の変更も想定しています。これも次世代に廃墟を残さないということです。
 少々、適正管理義務を強調し過ぎかとは思いますが、いずれにしろ、適正に管理しているマンションが評価されるようになれば、管理に対するさらなる自助努力が生まれてくると思いますね。

■ありがとうございました。



Copyright (C) NIKKAN KENSETSU SHINBUNSHA. All Rights Reserved.
当サイトを利用した結果に関するトラブルなどに関しては、当社としては一切責任をとりかねます。