日刊建設新聞社   CO−PRESS.COM
大阪大学大学院国際公共政策研究科 小原美紀教授  【2020年01月06日掲載】

就労希望者の「建設業」への意識


 将来の担い手不足が課題となっている建設業では、元請・下請を問わず、人材確保に頭を痛めている。こうした中、就労希望者の意識調査に基づく統計を通して、休職者の動向や企業の求人活動の在り方を分析した大阪大学大学院国際公共政策研究科の小原美紀教授は、「建設業では、求人活動における情報が不足している」と指摘する。その小原教授に、調査結果から見えてきた建設業に対する求職者の意識、企業としての求人活動の在り方等について語ってもらった。

  「情報がない」から避ける
   「運輸業」の対応と比べて

■昨年、エルおおさかで行った、就労希望者に対する意識調査の中で、建設業に対するイメージについての調査結果を基にお聞かせ下さい。

 調査は100件のサンプルに基づく傾向をまとめたもので、あくまで傾向から推察されたことを前提としています。調査では、大阪における人手不足が特に顕著であるとされている2つの業種、建設業と運輸業、これに対する比較対象として小売業について、就労希望者が就業カウンセリングを受ける前と受けた後の意識の変化を調査しました。
 カウンセリングでは、20代、30代、40代を中心に、特定業種についてのアドバイスではなく、自分に見合った職業を見つけるための就業意識の向上に主眼を置いています。建設業については、カウンセリング前では「建設業では働きたくない」とする人は多かったですが、男女間での差はあまりなく、女性でもそんなに低くもなかった。
 これに対しカウンセリング後では、建設業に対する意識の変化にはあまり変わりがありませんでしたが、就業意欲が上がった人も少なくなく、下がった人は少なかった。この結果からは、最初から建設業を除外しているわけではないことが分かります。確かに業種を絞り他の業種に行きたくないと決めている人はおりますが、建設業はそういった業種ではなかったことが解ります。
 具体的にカウンセリング後に建設業への就業意欲が上がった人が、何を重視しているかを調査したところ、第一に給与と回答した人が多かった。ただ、これは他の業種でも同じです。では、それ以外で建設業に対して重視していることは何か。建設業では働きたくないとする人に、建設業のマイナスイメージを聞いたところ「情報がない」ということでした。どんな業種でも良いところ悪いところがありますが、情報の少なさが「何かよく分からない」とするマイナスイメージを生じさせているのではないかということが調査で判明しました。

■なるほど。

 これとは別に運輸業に関する調査を行った時に分かったことですが、一般に運輸業では、大型免許や特殊車両免許が必要と思われていますが、実際にはそうではなかった。企業からすればそれは入社してから取得すればいいと。運転することの好き嫌いはあるけれども、もとより運転が苦手な人は入ってこないだろうと。求職者は、「資格を持っていないと就職できないと」と思っているけれども、企業側はそんなことは考えていない。資格が必要とのイメージがあることから人が来ない部分がある。これが先程の「情報がない」につながっています。
 このため、求職者に対して、運輸業では大型免許得がなくても普通免許でもOKのところがあり、さらに採用率も高い―とする情報を与えた後に、運輸業と建設業、小売業を勧めたところ、運輸業の確率が上がることが判明しました。これだけの情報を与えるだけ、最初は敬遠していた求職者の気持ちが変わっていく。いかに情報が少ないのかが分かります。
 ただ、この調査は建設業ではやっていません。調査にあたっては、協力を呼びかけましたが運輸業は協力的でしたが、建設業では協力を得られなかったからです。人手不足は両業種とも同じはずですが、この差は何なのか。

   良い情報も、悪い情報も

■その辺はどう見ておられますか。

 運輸業では、社長や人事課、総務課が対象がとなりましたが、ここにリクルートへの関心が高い人がいれば協力的です。会社規模も大阪の地元中小企業です。調査は運輸業だけでしたが、建設業で実施した場合でも同じような結果が得られるのではと考えます。建設業に対する良いメッセージを出せば「建設良いかも」と思う人がでてくるかもしれません。
 また調査終了後、求職者に建設、運輸、小売り別に企業情報を掲載した袋とじの情報冊子を配布しました。情報は、会社の場所や女性社員の就業率別ランキング等です。大阪の求職者の場合、会社の所在地を結構重視されています。
 冊子は、業種別に3冊あり、任意に選んでもらうわけですが、殆どの求職者は小売業を最初に選びますが、運輸業の情報を与えられた者は、2番目に運輸業を選びます。先程のような情報を与えるだけで関心が向いてくる。まずは、情報を与えないと求職者は関心を持たない。そこの入口を広げることです。
 運輸業でこういったことをやっていることを、建設業の人達にも分かっていただきたい。人気のない運輸業と建設業で、運輸業でこれだけの動きがあるのであれば、建設業でもあるのではないかと考えられます。

■運輸業が協力したことで成果がみられたわけで、建設業も考える必要がある。

 私は、「企業が変われば人が来る」と言っていますが、企業側には「あなたは現実を知らない」と言われることも多い。確かに私自身は現実を知りませんが、統計は当事者が知らないことも教えてくれます。統計からは、変えたことで反応が変わったとの事実が出ている。
 企業が少し変わっただけで応募状況が変わったのであれば、やらなかったことで損をすることになる。難しいからできないではなく、やっている企業もあることから、その辺の意識改革は大事です。
 また、2017年に府下全域で行った調査では、企業が求人に際して、自社の特長をHPや就職情報誌に掲載しているかなど、積極的に情報公開しているかどうかを聞きました。積極的に公開している企業には、良い情報を積極的に公開するところと、悪い情報でも積極的に公開する2つのタイプがあります。現在では、悪い情報でも公開する企業が増えています。これは、良いことばかりを伝えても、入社しても定着しないことに企業が気付き始めてきたことによります。

■きれい事だけでは人が集まらなくなってきた。

 最近、企業のHPでも「労働時間は短くないが、こういった部分で優遇しています」と掲示するところが増えている。求職者に対して敢えて企業にとっては不利な情報を出す。例えば、「当社は給与は低いけれども、こういった点で優れている」、或いは、「こういった人を求めています」といった形で良い情報も併せて公開する。
 こういった情報を出すとどうなるかを2つの点で調査しました。まず、求職者を増やせるかどうか、次に定着率はどうかです。情報の種類によって違いはありますが、賃金に関しては求職者の増加にはあまり影響はなかった。賃金は公開されていることが多く、初任給は殆どの人が情報を持っており、聞けば教えてもらえるし、大体においては初任給には大きな差がつきにくい部分もあります。
 次に悪い情報を隠す場合、例えば労働時間が長いことを隠した場合には、求人は増え、採用に関してはプラスに働くわけです。しかし、定着率は悪く、3年以内に辞めてしまうことが大きな特徴です。ここから最初にきちんと情報を伝えることが重要であることが分かります。

  担当者の真剣さが伝わる
   シンガポールでのフェア

■先生は、海外の就活フェアでも調査をなさっていますね。

 2017年にシンガポールで開かれた日系企業のジョブフェアで求職者にアンケート調査を実施しました。フェアには、ASEANから学生604人が参加し、企業側は13社が出展しました。調査目的は1日限りの説明会で効果があるかどうかです。参加者は、高学歴者でいずれは現地法人でもトップになれるような人材でした。
 ここでは求人企業側の人事担当者とも話をしました。企業としては、給与や労働時間は開示しやすい情報ですが、担当者が言うには、こちらの学生は、「入社10年後に自分はどの地位にいるのか、どうなっているかを知りたい」等の、企業には答えにくいキャリアパスを知りたがるそうです。日本の学生は、まずそういうことは聞かない。キャリア志向が強いことが分かります。
 学生側としては、その企業で10年後にキャリアアップした人や、また1人でもその可能性があるかを知りたいわけですが、それに対する企業側の反応については、「あなたがどうなるか分かりませんが、過去にこういった人はいました」や「この人がそうならなければどうしようか」などを気にしていると感じていたそうです。
 これは求職者が聞きたいのは、「あなたの会社では、そういった可能性があるのかどうか」で、会社はどのような人を求めているのかをハッキリと伝えてほしいと思っているのに、企業側が変に気を遣っている。こういった場合、企業としては例えば「3年間でこういった人が何人いた」等の事実をそのまま伝えるだけでよく、それが多いか少ないかは求職者が判断することです。1人しかいなくても、「それでは私が2人目になろう、誰もいなければ私が1人目になろう」と思うかもしれない。
 また、これまで誰もいなかったが、「そういった人を求めている」ということを伝えればいい。難しいことを求めるのではなく、「今、会社がどんな人を求めているか」をハッキリと伝えた方がいいと言うこと。私が見てきたところ、生産性が上がっている企業は、そういったことをイメージできる人が人事にいますね。どういった人を採用したいとか、長続きする人はどんな人かなどの質問に、明確に答える担当者がいる企業は定着率が高いように思います。

■先程の運輸業の場合と同じですね。

 特に中小企業では、そういった担当者がいるかどうかで大きく違ってきます。情報発信は重要ですが、自社はどういった会社で、社長はどんな人を求めているか、どんな人が長続きしないのかなどを見極めることのできる人がいた方がいい。そのためにこういった調査や統計を活用していただければと思います。
 実際に運輸業の方は声をかけてくれましたし、私は、実態だけを企業に示しただけで、それをどう感じるかは会社次第です。そういったものを活用しながら、会社をどの方向に向かうかを考える人がいたほうがいいかと思います。

■そこで格好づけてしまう。

 それを格好いいと思うかどうかは求職者次第です。求職者はそこまで考えておらずありのまま伝える方がいい。また、企業が求める資格や職歴の情報については、ハローワーク等の仲介機関にはきちんと伝えたほうがいい。企業が希望する人材を求めるためには、仲介機関に対して、求めている情報を伝えることですが、現状では企業は求職者にも、仲介機関にも曖昧な情報しか伝えていない。
 このため求職者にも企業にもある種の覚悟が必要です。求職者には、「入社前と入社後には違いがある」という覚悟、企業には、求めている人と違うけれど、情報を出す覚悟。こういうことを言ってみよう、こんな人を採用しようとする覚悟を持たないと。また求職者との出会いの場は、自分を売るチャンスであり、そこで他社との違いを出す覚悟で、その覚悟により建設業も悪くないと考える人が来る可能性があり、その可能性にかける覚悟です。

  変えられる求職者の意識

■日本の就職フェアでは、企業ブース間の人の集まりに差がでる。その差は何なのかと思っている担当者は多い。

 シンガポールでは、14〜15企業が出展し、求職者は時間をかけて巡回しています。学生は日本企業のことをよく知りませんし、日本語も話せない。出展者も建設と運輸も入っていますが大企業だけですので、それを前提に話します。ここでも人気のある企業とそうでない企業がある。人気が高いのは現地でも社名やロゴマークまでが浸透している企業です。建設業ではスーパーゼネコンはいずれも名前は通っていますが、それでも人気に差が出ます。
 ところが、このフェアに参加した学生に聞いたところ、知名度が高い企業を高く評価しているわけではなかった。では何が企業の評価を分けたかと言えば、その日のブースでどんな説明を受けたかと、担当者の印象でした。日本の場合は、担当者はスーツ姿でシニア世代が殆どですが、ここではノーネクタイのところや若い人、女性ばかりの企業もあった。これは、説明は全て英語で行うこととしたため、英語のできる人を集めた結果もありました。
 この中で、一番評価が良かったのは、どれも「中間」あたりでした。シンガポールだけの結果かも知れませんが、若い世代だけやシニア世代だけでなく、いろんなタイプや年代の人が混在している方がいいのではないかと思いました。勿論、これ以外にもいろんな要因はあると思われますが、この結果が言えることは、「1日だけでも、何かを変えることで求職者のイメージを変えることができる」ということです。同じようなブランド名や知名度であれば、その日の伝え方によっては、受取側のイメージも変わるということです。
 企業規模や知名度、人気のあるなしにかかわらず、1人でも多く自社に興味を持ってもらう人を増やすには、たとえ1日だけでも一生懸命に働きかけることで変わる。つまり、企業が変わろうとすれば、求職者も応えてくれるということ。人気がない企業ほど、その可能性が大きいといえます。

■大阪での調査でも、人気の低かった運輸業が上がった。中小企業だからとか関係なく、評価を上げることができた。

 そうなんです。実はシンガポールのフェアでも、国内ではトップクラス企業がフェアに参加した最初の年は人気がなかったことがありました。担当者は、他の企業ブースの盛況ぶりを見て、感じたことを会社を伝え、翌年から説明会に臨む姿勢を大きく変えてきました。
 何が変わったかと言えば、当初の若い担当者だけからシニア世代が入ってきました。企業情報をきっちりと話せる人を配置したわけで、これにより次の年から人気ブースの一つになりました。働きかけ次第では、若い人に効果はあります。
 ただ、日本の場合でも建設業の専門工事業で成功しているところもあります。塗装業の竹延さんはその1つで、若い人や女性雇用、海外展開などを成功させています。同社は人事担当者が、熱心に雇用改革に取り組んでいました。何度も言いましたが、担当者が真剣に向き合い、現状を変えようと努力している企業が成功しています。できるできないは別として、やれることはやってみるといった人事担当者がいるところは伸びる可能性はあります。別の見方をすれば、建設業の場合、変われる部分がまだまだあるということです。

■いろいろと示唆に富むお話をありがとうございました。

 
 
   
   
 小原美紀(こはら・みき)
1998年大阪大学経済学研究科修了、博士(経済学)、同年、国際公共政策研究科助手、2000年政策研究大学院大学助教授、03年大阪大学国際公共政策研究科准教授を経て、17年より現職に。


Copyright (C) NIKKAN KENSETSU SHINBUNSHA. All Rights Reserved.
当サイトを利用した結果に関するトラブルなどに関しては、当社としては一切責任をとりかねます。