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対談 技能労働者を育て、活かし、評価する強固な建設産業を築いていくために
 【2019年07月29日掲載】
 
技能労働者を育て、活かし、評価する
          強固な建設産業を築いていくために

近畿地方整備局企画部   森戸義貴 前部長
建設産業専門団体近畿地区連合会   北浦 年一 会長


北浦 会長 森戸 前部長



 技能労働者の高齢化と若年層の入職難等により、建設業における担い手の確保・育成は大きな課題となっている。国土交通省では、社会保険加入促進から、建設キャリアアップシステムの運用まで、担い手の確保・育成に向け、国土交通省では様々な施策を打ち出しているが、まだまだ課題は山積している。これら状況の中、近畿における建設行政を先導する近畿地方整備局企画部の森戸義貴前部長と、建設産業専門団体近畿地区連合会の北浦年一会長に、その取組みと現状について語ってもらった。(森戸前部長は、7月9日付で総合政策局公共事業企画調整課長に転任)

法定福利費の支払いモニタリング    森戸氏

社保対策、賃金含めしっかり調整を  北浦氏

■初めに今年度の整備局の主な事業についてお聞かせ下さい。

森戸

 大きなプロジェクトでいえば、河川事業では天ヶ瀬ダム再開発や阪神なんば線淀川橋梁架け替え等、道路事業では紀勢線での全線事業化や大阪湾岸道路西伸部の工事着工、淀川左岸線延伸等を推進していきますが、やはり、防災・減災、国土強靱化のための三か年緊急対策が大きなものとなります。令和2年度までに3・5兆円を投資して全国でインフラ関係の整備を行います。
 これに伴い、近畿整備局の予算も昨年度の第2次補正を含め対前年比1・34倍となり、これらの事業をしっかりと進めていくことが大きな命題となっています。その中で、仕事の進め方としては、工事を中心としたICT施工等のI―Constructionの推進、担い手確保として週休2日等の実現への取組みが全体としての流れとなっています。

■その担い手確保に向けた専門工事業としての取組みについて。

北浦

 まずは、発注部局である企画部に現場の生の声を聞いていただける。そのことに心から感謝申し上げたい。人手不足について、私はこれまで一貫して処遇改善を訴えてきた。ようやく設計労務単価が引き上げられてきたが、バブル崩壊以後は、公共事業が縮小され設計労務単価も下がり続けた。その結果、職人離れが進み、若手が入らなくなり、人手不足が叫ばれるようになった。人手不足が言われてから10年程経過し、国交省では様々な施策を打ち出されてきましたが、社会保険未加入対策については取組みの目標年次はとうに過ぎたというのに、なかなか進んでいない。

森戸

 社会保険の原資となる法定福利費についても、元請がしっかりと下に払っているかなど、技能労働者の処遇改善に繋がる部分について、しっかりとやっていきたい。整備局長もその辺りをモニタリングにより注視するとしており、場合によっては立入検査を実施すると明言しています。

労務単価は上がったが 必要経費は流れているか

■設計労務単価も7年連続で引き上げられ、今回は前年比で3・3%のアップとなりました。

北浦

 新労務単価ではたとえば、大阪のとび工で2万4300円。週休2日を確保して年収500万円になる計算で設定されている。他産業に見劣りしない賃金水準だと評価できる。本当にこの単価が末端の職人まで流れてくれば、生活費の不足を補うため、わざわざ現場を探して休日出勤や夜勤をする必要もなくなる。当然、入職者も確保できるし、腕の良い職人も育てられる。間違いない。
 さらに、今回の設計労務単価では、事業主の必要経費である事業主負担分の法定福利費、労務管理費、宿舎費等を含めると、とび工で3万4200円となっている。つまり、親方が職人を1人雇用するためには最低これぐらいかかるということ。国はこれが標準だと言っている。当然、この金額は「通常必要な原価」。勝手に圧縮できる経費ではない。またそのほか親方は、職人の教育費や、生活を支える様々な費用を負担している。だから3万4200円は決して高くはない。むしろ、私はそれ以上かかるとみています。

■ただ、現状では設計労務単価と実際の賃金には依然として大きな乖離があると。

北浦

 平成24年度比で48%(全国平均)も労務単価が引き上げられている。にもかかわらず、いまだに「社会保険加入を進めると会社がつぶれる」という親方の声が私のところに多く寄せられる。「上昇分のお金は一体どこに消えているのか」と。私は「これからは保険に入らない会社はつぶれる」と訴えかけているが、今のままではとても彼らを説得できない。肝心の法定福利費についても、半分ももらっていないとする下請業者が多く、どの段階で止まっているのかまったく分からない。国の直轄工事と地方自治体、公共と民間の工事でも差がある。
 先般、ある会合で前局長もおっしゃっていましたが、ここは何より、建設業法31条に基づく調査を実施し、原因をつきとめること。私はこれこそ国にしかできない仕事だと思っています。標準見積書の活用を徹底し、法定福利費を含めた必要経費がきちんと末端まで流れているのか。賃金を含めてしっかり調査し公表してもらいたい。また、労務主体の職種に関しては請負契約が形骸化しており、これについても調査のうえ是正すること。そうしなければ末端まで設計労務単価は降りてこない。
 一方、専門工事業者の中にも、職人を育成せず、現場にも行かず、電話だけで仕事をする。いわば根なし草のような業者が増えてきた。そのため国の方針に従い、保険に加入した真面目な業者が不利益を被っている。人を育てるにはコストがかかるが、その人を育てている業者にお金が回ってこない。これを正すのは発注者しかなく、現在では、発注者と元請、下請が一緒に取り組もうとする機運が高まりつつあることから、ぜひ、近畿から変えていただきたい。この1〜2年がチャンスだと考えている。

未加入者には国が厳しい姿勢で    北浦氏

週休2日など働き方改革全面支援   森戸氏
森戸

 建政部の立入検査でどこまで実態が分かるのかという課題は確かにあります。ただ、元請と下請の契約金額そのものについての関与は難しいが、建設業法に基づき、支払を適正に行うようにとの指導はすることができる。

北浦

 そこが一番のネックです。施策自体は間違っていないが、運用に問題がある。未加入業者もそれを使う業者も、国が厳しく指導すればかなり効果はあるはずです。これまで未加入業者は殆ど摘発されておらず、安穏としている。だからこそ、一度くらいは未加入業者を厳しく罰することだ。まさにタイミングは今しかない。本当に罰則があるとなれば、「これ以上、違法行為はできない」と元請、発注者を説得することもできる。税金を使う公共事業に従事する者が、保険にも入らず、納税義務も果たしていなくていいのか。保険加入については適用除外をなくしてしまってもいいと思っている。

■社会保険については、現場ではチェックされているのでしょうか。

北浦

 現状では作業員名簿に社会保険番号を記入して元請に提出するだけ。保険証のコピーさえ添付する必要がない。これでは本当に加入しているかどうか分からない。やはり、国が抜き打ちで立入調査を実施し、職人に直接、保険証や資格者証の写しの提示を求め、加入を確認することが必要。そのうえで、他人の保険番号を記載するなど、いわゆる偽装が判明すれば、その業者には毅然と罰則を与えること。またあわせて、「個人事業主で従業員4人以下」で適用を免れたり、「社会保険の加入手続き中」でその場をしのいだり。こんな逃げ道はふさがないといけない。少々乱暴だが、社会保険未加入の職人は公共工事の現場に入場させないと。逆に、そのくらい徹底しなければ職人を雇用する業者は一向に報われない。国の方針に従う正直者が損をする状況が今後も続くと懸念している。

■担い手確保は働き方改革と連動しますが、働き方改革については。

北浦

 働き方改革自体は賛成だが、設計労務単価引き上げと連動しないと実現は難しい。労務単価の上昇分が支払われないまま、働き方改革だけが進んでいる。実際に日給月給の職人が多く、親方は週休2日にすれば休日手当を支給しなければならず、単価が上がらなければ経営を圧迫することになる。

森戸

 やはり賃金が課題で、現在ではようやく20年前の水準まで戻ってきました。それが十分かどうかは別として、10年前と比べればかなり良くなった。労働環境については働き方改革により、長時間労働の是正や週休2日に向け、発注者としてどう取り組んでいくかです。建設業界全体を良い方向へ進めるため、企画部に限らず、関係部局と連携してあらゆる面で支援していきます。

試行11件 有資格者配置で高い評価   森戸氏

専門工事業者の活躍の場 広げる道   北浦氏

■さて、近畿整備局では昨年度から現場従事技能者評価型の総合評価方式を試行されていますが、これについては。

森戸

 現場において優秀な技能者を配置した場合に加点評価するもので、試行工事として件実施しました。結果としては、登録基幹技能者や建設マスター等の有資格者を配置したところが参加し、高い評価を受けていることが明らかになっています。価格点で上回った案件もありますが、全体的には技能者評価が寄与したところが多かった。今後も試行を続けていきますが、技能をどのように評価するかは大きなテーマではあります。

北浦

 他の地区にはない、職人に焦点を当てた総合評価を考えていただき大変感謝しています。ただ今後の検証については、品質の向上はもちろんですが、優秀な職人を起用することによる安全性・効率性・生産性の向上についてもしっかり確認していただきたい。そしてその結果を踏まえ、職人の総合的な力量を公共工事の評価点に反映させていくこと。さらにこれを土台にして、優れた職人を育てる専門工事業者の活躍の場を広げる総合評価につなげていく。職人を抱える業者に直接発注すれば重層下請も解消する。最終的にはそんな形が必要だと思っています。

森戸

 発注者としても優秀な技能者に仕事をしてもらうことは基本だと思っています。

北浦

 私は、ゆくゆくは職人を育て機材を持つ専門工事業者が国の工事を直接受注できるようになればと思っている。そういった業者が少しでも増えてほしい。近畿整備局には、全国に先駆けてそのような環境を整えていただきたい。
 実際、Cランク以下の工事規模であれば、専門工事業者の中にも元請施工できる業者は多い。そして現に、自社で多くの職人を育てながら国の仕事を直接受注している業者もいる。災害対応を考えても、本来、地元業者とはこうあるべきだ。一方、専門工事業者が直接工事を受注することで、売上・利益ともにあがり、職人の処遇改善を着実に進めることができる。ある二次下請業者は元請に取組み利益を高め、職人に空調服やフルハーネスを買い与えることができるようになった。下請ばかりでは、正直、職人をサポートするにも限界がある。自ら社会に評価してもらえるように挑戦することが、結果として下請業者に所属する職人の処遇改善につながると思う。

森戸

 工事の内容にもよりますが、特殊工事の場合、専門性の高い業者にお願いしています。また、最近では、メンテナンス工事もウエイトが大きくなってくることから、専門工事業の方々も直接、あるいはできるだけ高い次数で契約できるようにする必要があると思います。専門工事が活躍できる場は確かにあります。

■現在、各発注機関では、工事成績や優良現場等に対して各種の評価制度や表彰制度が実施されています。

北浦

 今は出来映えが重視されている。とびの場合、安全や工程管理、生産性等が求められるため裏方扱いになり、とび工そのものが評価されていない。最初に現場入りし、現場を束ねて最後に出るのがとび・土工で、現場では大きな力を持っていた。しかし、その評価が低くなってきている。

森戸

 確かに会長が言われるように、工事によっては出来映えや寸法、精度が評価対象になっており、そういった工事では加点する要素はありませんね。

北浦

 近畿整備局では、コンクリート構造物品質コンテストを実施していますが、これも当初は、職人が不足することを前提に、専門工事業者の施工力や技術の評価を通して、優れた職人を育成することが主眼でした。ところが、今は品質主体の評価になり、工事成績に加点されるため、整備局での受注につなげることが参加業者の主な目的になっている気がする。ここは原点に戻り、もっと人に焦点を当てること。職人がこの仕事に従事して良かったと、心底そう思えるコンテストにしてほしい。
 そして、優良工事の下請企業の表彰については施工管理が主体の一次業者や全国展開の専門工事業者が受賞されるのも良いことだとは思います。だが、もう少し踏み込み、小規模ながらも地域に根差し、実際に職人を雇用・育成する下請業者についても表彰対象に加え、総合評価でも加点対象とする。担い手確保・育成の観点からも、職人を抱える業者を表彰することで、光を当ててやってほしい。
 大阪府では、府内業者を対象に知事による優秀施工者表彰を行っていますが、これは非常に良いことだと思っています。35歳以上の熟練技能者と35歳未満の若手技能者を個人表彰するもので、業者から聞くところによると、受賞した職人はやる気が違ってくると言っていた。若い職人は自身のフェイスブック等に上げたりしているそうで、職人を育成する上で大いに有効で、私も賞に恥じない職人になれと言っています。

森戸

 現行の表彰制度のような永年の労に対する功労賞や努力賞的なものでなく、これからの業界を担う人達に対する期待や励ましの意味を込めた奨励賞的なものも必要かもしれません。

全国、全職種にどう浸透させるか   森戸氏

職人の処遇改善へのメリットは?   北浦氏

■次に建設キャリアアップシステムへの取組み状況については。

森戸

 建設キャリアアップシステムは、技能労働者がどういった資格を持ち、これまでどのような工事に携わってきたかなどを記録し、それらを評価することで、賃金等の処遇改善につなげようとするものです。現在の課題は、このシステムを全国の現場、あらゆる職種の技能労働者にどうやって浸透させるかです。

北浦

 個人的には良い制度だと思っていますが、現時点では職人の処遇改善に向けたメリットが見えてこない。実際、私のところに相談にやってくる親方連中は「ゼネコンさんにはメリットはあるが、われわれに何のメリットがあるのか」と不満を口にする。やはり登録した業者が、発注者と元請から評価され、単価に反映され、得意先も広がると。そういったものが具体的に見えてこないと本格的な普及は難しい。
 また、現在大手ゼネコンが中心となり、優良職長手当制度に取組んでいるが、その恩恵を受けるのはごく一部の職人にとどまっている。全体の賃金底上げにはつながってない。やはり、業界として本気で担い手確保に取組むのであれば、登録基幹技能者や一級技能士資格を取得した職人に対して幅広く手当てを支給しないといけない。苦労して職人を育てあげる業者の声をないがしろにせず、もっと制度に反映させることだ。
 一方で、社会保険はもとより、建退共制度でさえ今なお徹底されていない。そのような中、新たな施策が次々と打ち出され振り回されている。それが現状だ。「キャリアアップの前にやることがあるだろう」というのが親方の本音ではないか。

森戸

 それぞれの技能者が持つ資格や経験を、外に向けて明示することは良いとは思いますが、それが何なんだとする部分とのかみ合わせができていない。建設キャリアアップシステムは既に運用が開始されていますが、今はまだ全ての現場に浸透しておらず、まずはそこを進めていきたい。

■最後に、それぞれから一言を。

北浦

 社会保険をはじめとする処遇改善については、労務単価を適正に支払ってもらえればかなりの部分は解決する。まずは調査によって、それに向けての第一歩を踏み出すことが大切だ。そして繰り返すようだが、基本は職人と機材を持った業者に発注すること。そうすれば上手くいく。何も難しく考える必要はない。

森戸

 働き方改革をはじめ各種施策の取組みには、仕事があるということが前提になりますが、冒頭に言いましたように今年度は事業予算も増額し、仕事がある状況を長く続け、働く場を確保することが必要です。現場で実際に働いている方々がしっかりと評価され、それが見える形となりそれに見合った対価が支払えるようにと、設計労務単価も上げてきましたが、実際に現場ではどうなっているのかと言う指摘もある。それらに対する施策をどのように取り組んでいくかについて、まだまだ検討していかなければなりません。
 また、給料が高く、休暇が取れ、希望が持てるといった新3Kを実現するために発注行政として何ができるかを考えていくことが我々の仕事であり、今日、会長から伺ったいろんな課題を解決する糸口みたいなものを見つけられればとの思いもあります。

■ありがとうございました。



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