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土木学会関西支部 吉村庄平支部長  【平成30年11月19日掲載】

防災・減災の推進に向けて、必要な「成果の評価」

やりがいと誇り、持てる環境づくりを

学生研修では「現場で働く一人ひとりに光」


 「公益社団法人 土木学会」(小林潔司会長)では、社会資本の重要性および土木技術・土木事業に対する国民の認識と理解を深めるため11月18日を「土木の日」と定め、続く同会の創立記念日である11月24日までの1週間を「くらしと土木の週間」として、本部と全国八支部で多彩なイベントを開催。関西支部においても、インフラツーリズムや土木技術体感・見学ツアー、施設見学会などのイベントを通じ、身近にある土木の魅力を広く発信する。
 今年の「土木の日」にあたり、吉村庄平・関西支部長に土木の果たすべき役割やその仕事の魅力、同支部の活動などについて聞いた。

■まずは土木の果たす役割についてお聞かせください。

 土木というのは、将来の社会のあるべき姿を見極め、世の中のニーズにあった取組みを進めるために、これまで当たり前だった考えを越えてチャレンジすることで、進化、発展してきたと思います。
 個人の価値観やライフスタイルが多様化する今、そもそも「将来の社会のあるべき姿、より良い社会とは何か」を見極めることが難しくなっていますが、この究極の難問に答えを出すのが、我々土木技術者の使命であると考えます。

■自然災害が頻発している現状で、減災・防災という点からは。

 今年は、大阪北部地震、7月豪雨災害、台風21号、北海道胆振東部地震など、まさに災害の年とも言えます。まだ何か起こるかもしれないという中で、感じていることが2つあります。ひとつは「想定外は許されない」ということをよく耳にしますが、非常に人間がおごっているような気がします。もちろん、事前に想定できることはしっかり想定し、それに対して備えるということは間違いなく重要です。が、自然は人間にとってそんなに都合の良いものではなく、必ず人間の想定を越えることが起こります。一生懸命想定し、備えはしなければなりませんが、「想定外は許されない」ではなく、「想定外のことが起こるということを想定しておくこと」が大事なのではないかと思います。
 もう1つは「成果の評価」です。台風21号では、関西空港や港湾の被害等、第2室戸台風以来の大きな高潮災害が起こりました。我々は調査団を作り、被害検証し、報告会を行い、将来の防災・減災に役立てていかなければなりません。被害が出たところをマスコミは大きく報道します。それは当然ですが、一方で、第2室戸台風と同等以上の規模の台風が来たにもかかわらず、大阪市内では、当時10万戸以上あった高潮による浸水がほぼ皆無でした。大阪市内の三大水門、防潮堤、毛馬排水機場等の活躍は、ほとんど世間に報じられていません。大阪市内は、防災施設でギリギリ守られたという点も知っていただかなければなりません。そこが、台風21号の報道では抜け落ちていたように思います。被害を、検証し、次に活かすことは重要ですが、それと同じくらい、やってきたことを評価することも大切です。両方を合わせて将来の防災・減災に役立てなければならないと考えます。自然に対して絶対安全というようなことはありませんから、土木の技術、ハード面の問題だけではなく、災害が起こった時にどう対応するかというソフト面、特に、情報の取り方、伝え方等、キャッチボールも重要です。

■建設業界においては担い手の確保・育成が喫筋の課題です。何が必要でしょうか。

 労働時間を短縮する、 働きやすい環境を作る、女性が進出しやすいような現場をつくる等、いわゆる働き方改革は当然やっていかなければなりませんが、私自身は少し違う考えも持っています。土木の仕事には色々な立場があり、我々の仕事は一人ではできませんが、一人ひとりが仕事に対してのやりがい、誇りを持てるかどうかが重要で、それらを「持てる環境づくり」も働き方改革ではないかと考えています。
 例えば、私は昭和58年に大阪府に入庁し、ちょうど昭和の終わり頃に地下河川の計画に携わりました。この頃は地下に川をつくることなど誰も想定しておらず、最初は国に相談に行っても「君は河川と下水道の区別がついてないのか?」とまで言われました。しかし、一生懸命訴え続けていると、ご理解いただき、アドバイスをいただけるようになりました。今では地下河川事業は関東地方にも広がっていますが、この事業に最初に挑戦、着手したのは紛れもなく大阪です。他にも流域下水道、連続立体交差事業等、大阪発の事業は多い。土木に限らず、従来にない発想に基づいて、将来の社会のあるべき姿、ニーズを考え、ルールに縛られず、前例を作っていくというのが大阪人ですね。こういう経験をすると大きな自信と誇りを持つことができ、やりがいにつながります。20代、30代の技術者にこういう経験をできる環境づくりができないものかと考えています。若い世代に自由な発想をさせてあげられていたのかというあたりは最近の私の反省点です。
 過去に大阪万博をひとつの目標として、新しい発想がいっぱい出てきたように、今また、チャンスが来るかもしれないと思っています。鉄道に限っても、リニア、北陸新幹線、大阪市内では、なにわ筋線、大阪メトロ等、ハード面、ソフト面共に動きが出てきています。そのような中では必ず困難も出てくるでしょうが、それを乗り越える為には新たな仕組みや新たな技術が必要になります。そこに関わった若い技術者は苦労もするでしょうが、達成感や自分自身の成長、社会への貢献を実感できます。今こそ環境づくりをしやすい環境になりつつあるのではと思っています。

■最後に、関西支部は昨年、創立90周年の節目を迎えましたが、今後の活動については。

 100周年に向け、これからの10年がチャンスだと考えています。
 土木に携わる者の夢は、社会に貢献しているという実感を持てることだと思いますし、そういう夢のある業界を作らなければなりません。やりがいと誇りを持って仕事ができる環境にするためにも、一人ひとりに光があたるような取組みが必要ではないかと考えました。土木のプロジェクトには光が当たりますが、それ以上に、そこで働く一人ひとりに光を当てたいと。そこで毎年学生を集めて現場で勉強していただくという取組みを行っており、今年も安威川ダムの建設現場で実施しました。ここではプロジェクトだけを見るのではなく、是非、働いている人を見てほしいということで、発注者(大阪府)、受注者(ゼネコン)、設計者(コンサル)の3つに分け、学生にはそれぞれの担当者と丸2日間、行動を共にしてもらいます。色々な人が色々な立場で関わり、立場が違ってもそれぞれが輝いていると。そのように実感してほしい。この取組みはまだ4年目ですが、土木に携わる人に憧れ、魅力を感じ、自分の進むべき方向を見つけるための一助になればと期待しています。

■本日はお忙しい中、ありがとうございました。

 
 
吉村 庄平(よしむ ら しょうへい)
 昭和58年3月京都大学大学院工学研究科修了、同58年4月大阪府入庁、平成20年4月池田土木事務所長、同22年4月危機管理室長、同25年4月河川室長、同26年4月都市整備部技監、同27年7月都市整備部長、同29年6月大阪高速鉄道株式会社代表取締役社長就任。昭和34年1月28日生(59歳)。


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