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近畿地方整備局 伊藤英隆副局長  【平成26年01月06日掲載】

来年度事業

4つの重点分野で取組推進

防災・減災、戦略的な維持管理など


 昨年は、国の緊急経済対策による公共投資の増加に加え、オリンピックの東京開催やリニア新幹線の建設が決定するなど、長く閉塞感に囚われていた建設業界にとって明るさが見えた1年となった。また、国土強靱化基本法の成立は、東日本大震災の復興工事とともに、社会資本整備の必要性をより明確なものと位置付ける。一方、その担い手である建設業界では、技能労働者の処遇改善に向け、公共工事設計労務単価の引き上げとともに、社会保険加入を促進する標準見積書の一斉活用が始まるなど、これまでの建設産業のあり方から大きく変わろうとしている。こうした中、国土交通省近畿地方整備局の伊藤英隆副局長に、管内における来年度事業の見通しや建設業界を取り巻く状況について聞いた。

 (渡辺真也)

■まずは、来年度事業の見通しからお聞かせ下さい。

 来年度事業では、「防災・減災」と「社会インフラの老朽化に対応した戦略的な維持管理」、さらに「国際競争力の確保」と「観光振興に寄与」の4つの重点分野を掲げ、この大きな方針の下に各施策を推進していきます。このうち防災・減災については、平成23年の台風12号災害により紀伊半島で発生した河道閉塞に対し安全確保を図るため災害対策を進めます。また、天ヶ瀬ダム再開発や足羽川ダムの用地買収を鋭意進めます。さらに道路では、災害に強い広域的なネットワークを構築する観点から京都縦貫自動車道や近畿自動車道紀勢線など代替ネットワークの整備を進めます。港湾関係では、和歌山下津港の津波対策として、水門や津波防波堤の整備などを進めます。

■インフラの老朽化に関しては、太田大臣が今年度をメンテナンス元年と位置付けられました。

 近畿地整管内では、高度成長期に整備した社会資本の老朽化が進展しており、例えば建設後50年を超える橋梁数は現在約27%となっております。これが2030年には63%に達することになり、これら老朽化したものを戦略的に維持管理、更新していかなければなりません。このため特にコンクリートのひび割れ、腐食等の補修のほか、トンネルでの照明や排気設備等の点検を実施していきます。さらに、河川や海岸における堤防や護岸の補修も必要であり、港湾施設では、埠頭のエプロン等でのクラック補修なども必要となっており、社会資本全体の維持管理、更新等を戦略的に取り組んでいくこととなります。

■国際競争力の確保ではどのように。

 物流ネットワークの拡充が重要となっています。特に広域的な環状道路ネットワークの整備が不可欠であり、京奈和自動車道、新名神高速道路、淀川左岸線、大和川線など、関西の環状道路ネットワークを形成し、円滑な物流強化を図っていきます。この中では、京奈和自動車道が平成27年に開催される紀の国和歌山国体に合わせ、同県域での進捗が進んでおります。港湾に関しては、京浜港と並ぶ二大港湾である阪神港の機能強化が課題です。

■特に国際インフラである港湾は重要ですね。

 阪神港では、平成27年に大阪と神戸両港の埠頭会社の経営統合の一体化による効率的かつ一元的な経営の実現とともに、コンテナ埠頭をはじめとした施設等の整備を進めていくこととしており、港湾機能の強化と拡充に努めていきます。
 また、細かな話しになりますが、歩行者空間の整備も重要と考えています。安心・安全面の観点から整備の必要性を太田大臣も強調されており、通学路を中心に歩道の整備を進めていきます。あと、観光振興では、関西は日本の文化発祥の地でもあり、我々としても先頭を切って取り組まなければと思っております。近畿地整としては現在、奈良県で平城宮跡歴史公園やキトラ古墳周辺での整備を実施しております。これら事業を行うことにより、魅力ある関西の情報発信基地として活用したいと考えております。

 
  集中豪雨等で総合治水対策

  天ヶ瀬ダム等が貯水機能を発揮 

■近年は、ゲリラ豪雨等による浸水被害も多発しておりますが、この点について防災・減災での取り組みは。

 ゲリラ豪雨対策としては、水害をはじめ土砂流出等の問題があります。これまでも関西は比較的水害が多かった地域ですが、最近のデータによると一時間あたり50ミリ以上の豪雨の回数は、昭和51年から61年では176回、平成元年から12年までは202回、平成13年から24年までの10年間は229回と、しだいに増えています。原因としては温暖化現象等といわれておりますが、大雨や集中豪雨の頻度が上がってくると、従来想定していた治水対策では追いつかない部分が出てきました。

■確かに、最近の豪雨はかつてないものになっています。

 管内における近年の事例では、平成16年の台風23号の円山川、由良川、同21年の揖保川、同23年の紀伊半島大水害のほか、昨年には由良川と桂川で大規模な水害が発生しました。特に桂川の嵐山地区などが浸水したことは記憶に新しいところです。これらの特徴としては、台風そのものより、集中的な豪雨が非常に長時間におよんだため、被害が拡大したことです。現在、被災現場の復旧に努めているところですが、これらの被害は、河川の未改修地域での越水が原因で、特に由良川では、前回の16年台風時の復旧事業を進めている途中で、再び大きな被害が発生してしまいました。今後はそれらの箇所を中心として、堤防や輪中堤の構築など総合的な治水対策を講じていきます。桂川については、嵐山の景観の問題もあり、地域の方々の意見をお聞きして、どういった治水対策がふさわしいかを検討していきます。

■なるほど。

 また、昨年の台風18号に関しては、淀川水系にあるダム群が連携して水を貯めたことで大きな効果を発揮しました。天ヶ瀬ダムでは、天端ぎりぎりまで洪水を貯留し、木津川水系では室生ダムや青蓮寺ダム、比奈知ダムでも満水状態になり、桂川では日吉ダムが満水になりました。これら3つの河川のダムを統合運用することでダムの効果がかなり発揮でき、洪水防止が可能となりました。ただ、瀬田川の洗堰を全閉したことや琵琶湖に流入する河川からの洪水により琵琶湖の水位が上がり一部で浸水が発生しましたが、ダム等のインフラ機能は果たせたのではないかと思っております。

■ダム本来の機能である治水機能が発揮できた。

 ダムの貯水容量を利用して洪水を貯めることで下流域への流量を低減し、被害を防ぐことにあります。今回も貯めるだけ貯めても、なおかつ浸水被害がでましたが、仮にこれらのダムがなかったら堤防は決壊していた可能性が高いのではないかと考えられます。管内では昨年度に足羽川ダム建設に伴う用地買収に係っており、地元からも早期着工への要望が高まっています。また、ハード対策ではありませんが、今回は、TEC―FORCEの存在がテレビ等で取り上げられました。近畿地整をはじめ近隣の中部や九州、四国、中国の各整備局から延べ1179人を派遣し、一斉に被害状況の調査や地元自治体への支援を行いました。これによりかなり早い段階で被害状況の把握が可能となり、次のステップである復旧への道筋が描くことができました。これら技術職員の派遣体制を常時備え、臨戦態勢で臨むことは、防災・減災対策での上では大事なことだと思います。特に、県や市町村では技術職員が少ないこともあり、それらの応援を行うことは意義のある施策だと考えております。

南海トラフ地震への備え

  津波襲来には多重防御で

  国土強靭化へ担い手確保も

■昨年末には、国土強靱化基本法が成立しましたが、同法への取り組みは。

 来年度事業方針の中で申しました4つの柱のうちの一つである防災・減災での取り組みの中に反映されていくことになると思います。先程も申しましたが、紀伊半島沿岸部には20メートル近い津波がくることが想定されており、国道42号は通行不能となる可能性があります。このため、命の道と言われている紀勢線を早期に整備することが重要となっており、このため法案における施策は、来年度予算においても反映されていくと思います。

■さて、防災・減災対策の中でも、近畿では南海トラフ地震への備えが急務とされておりますが。

 南海トラフ巨大地震に関しては、昨年12月に、南海トラフ巨大地震対策計画近畿地方対策計画策定連絡会の1回目を開催いたしました。政府全体の方針で見ると、近畿では周参見や串本で高さ20メートルの津波が数分で到達するとされており、これらへの対応を当局はじめ関係機関で実施します。国交省としては計画の中では4つのテーマを掲げております。その中で1番大事なことが命を守る、2つめとして救急救命、3つめが被災地への支援、最後が施設の復旧としています。この4段階に応じた対策を検討しております。

■それぞれの段階に応じた対策ですね。

 特に、命を守るに関しては、戦略的に多重防御の考え方です。これは東日本大震災の教訓を踏まえたもので、ハードとソフトの両面で対応することで、規模の小さい地震には、堤防等のインフラで防ぎ、大きな地震については、それに加え避難対策等のソフト面を重視した対応です。特に大阪府が策定した被害想定では大阪市内の梅田地区でも浸水被害が及ぶとされていることから、我々としても考慮する必要があります。このため水門の自動開閉や防波堤等の整備、法面対策、堤防や海岸施設の耐震対策や液状化対策など、いろんな対応策があります。これら小さな対策でも一つ一つ積み上げていくことで全体の多重防御につなげていきたいと考えております。このため、堺泉北港堺2区にある基幹的広域防災拠点をメーンにした支援体制を想定して検討を進めております。しかしながらハードだけでは防げないことも多く、いろんな施策を複合的にやることで対応せざるをえないでしょう。

■これら災害対応を実際に担うのは建設業ですが、現在は技能労働者をはじめ技術者の不足が懸念される中、国交省では各種の施策を打ち出されておりますが、今後の取り組みは。

 ここ数年にわたる建設投資の減少による受注競争の激化とともに受注高も減少し、建設企業の利益率も悪化、建設業界全体の先行きが懸念されております。建設投資もピーク時の80兆円に比べ、現在では50兆円程度にまで減少しています。この間、業者数も60万社から47万社と22%減少し、就業者数でも685万人から503万人と、業界を取り巻く環境が大きく変わってきており、特に技能労働者の減少が顕著であることが憂慮されています。その年齢構成で見ても55歳以上の方が34%、これに対して29歳以下は11%となっており、いびつな就業構造になっています。さらに新規入職者は平成4年のピーク時で3万4000人とされていますが、現在では1万5000人程度とされており、こちらも激減しています。現場経験が豊富である団塊の世代の技術者や技能工の退職が進んでおり、技能や技術の継承が非常に大きな問題となってきております。

■技能労働者不足は、一過性のものから慢性的なものとなっており、しかも全国的に不足傾向にあります。

 国交省では、建設業を魅力ある産業とするため、各種の取り組みを進めております。その中では、建設産業戦略会議が建設産業の再生と発展のための方策2011と同2012を打ち出し、社会保険未加入対策や経営事項審査の厳格化、法定福利費の内訳が明示された標準見積書の活用、公共工事設計労務単価の引き上げなど、様々な対策を推進しております。これらの取り組みは、建設業を魅力ある産業にすることを目的としたものです。これらに関しては、元請や専門工事業を含めた業界団体に対しての申し合わせ等を行ってきておりますが、ただ、これらが必ずしも十分に行き届いているわけではありません。社会保険未加入対策に関しては現在、大手の元請団体では熱心に取り組みを進めておられますが、専門工事業団体をはじめ、社会保険未加入対策についてはさらに周知・徹底してもらいたい。また、社会保険には大臣許可業者に関しては殆どが加入しておりますが、知事許可業者の加入率が低いことから、各府県の許可部局の方々とさらなる連携が必要であると考えております。

適正単価、社保加入を支援

  生涯を託せる魅力ある業界へ

■昨年は公共工事設計労務単価も引き上げられました。

 設計労務単価の引き上げにつきましては現在、フォローアップを実施しており、実際の支払状況や実態を調査しています。単価引き上げの財源は税金ですから、それが現場で働く労働者にきちんと支払われていないとなると、国民に疑惑を持たれ、批判されることになります。技能労働者の処遇改善のための税金であり、それが疑惑や批判の対象となるようでは、今後の処遇改善策等に税金を投入することが難しくなってきます。今回の取り組みが上手くいかなった場合は、二度と機会は与えられないのではないかと、我々は非常に危機感を持っております。ただ、業界自体も危惧されているようで、特に専門工事業では標準見積書により法定福利費の適正な請求を進めている団体もあり、これらの活動に対しては我々も積極的に支援していかなければなりませんし、こういった取り組みにより現場の労働者に行き渡るようにしなければ、我々の主張も通らなくなってしまいます。

 

■標準見積書に関しては、公共工事での理解は深まっているようですが、課題は民間工事とされています。

 

 これまでの調査によりますと全ての専門工事業種で活用しているわけではありませんが、提出した場合の支払状況としては適切に処理している元請の割合は高く、提出されれば応じるとする元請も多いとされております。我々としてはこの状況をさらに加速させたいと考えており、それにより民間工事にも波及させていきたい。先程も申しました魅力ある建設業の一つには「やるべきことをきちんとやる」ということも含まれています。企業としてのやるべきこと、社会的義務と責任を果たすことで、その部分が今までの業界には欠けていたんじゃないかと。コンプライアンスの遵守ということで、企業として果たすべきことは最低限果たすということがベースにあります。

 

■イメージアップとともに建設業そのものを理解してもらう必要はある。

 

 やはり若者に建設業界に就職したいと思わせるようになっていただきたい。現在では、大学でも土木という名称を使用しないところが多くなっています。特段に軽視されているわけではありませんが、建設業そのものは重要な産業であり、特に東日本大震災では、日本の国土が脆弱であることが認識され、そのために安心や安全を確保するためのインフラ整備の重要性も理解されてきました。そのインフラ整備を支える建設業が重要な産業であると、国民の認識も変わってきています。この機会を捉えて社会保険や賃金等の処遇に関し、他産業と遜色のない産業となってほしい。そうすることにより、若者が一生を託せる産業になってほしいと思っています。そのためには地道な取り組みではありますが、建設業に対する理解を深める以外にはないのではないでしょうか。国としても積極的広報を進めており、災害時における活動や平時での活動等を紹介し、見ていただきたいと考えております。その取り組みの一環として、直轄工事での現場見学会を随時、開催しており、また旅行会社と連携して現場見学ツアーも計画しております。昨年も大滝ダムの見学会を開催したところ4000人からの参加者がありました。ダム等では施設や構造物自体に人気があるようですが、こういったインフラ施設や現場が身近にあるということも、建設業に対する理解を早めるための一つの要因でもあるのではないかと思っており、これらの活動も含めて建設業を魅力ある産業にしていければと考えております。

 

■魅力ある建設業の実現に向けて今後もご尽力下さい。ありがとうございました。

 
伊藤英隆(いとう・ひでたか)副局長の略歴
 昭和55年3月京都大学経済学部経済学科卒業。同年4月建設省採用、平成10年7月住宅局民間住宅課民間住宅企画官、同13年1月都市基盤整備公団本社特命審議役付担当審議役、同15年7月近畿地方整備局用地部長、同17年8月独立行政法人水資源機構用地部長、同19年7月不動産流通センター研究所、同22年7月大臣官房付、同年8月国土地理院総務部長を経て、同24年8月から現職に。愛知県出身、57歳。


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