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建設産業専門団体九州地区連合会 杉山秀彦会長  【平成24年10月15日掲載】

「標準見積書」で法定福利費を明示

必要な「流れる仕組み」

職人さん、普通に暮らせる業界へ


国土交通省は社会保険の加入徹底を図るため、今年四月から、現場管理費率を見直して法定福利費の事業主負担分を予定価格に反映。また今月末には、専門工事業団体も標準見積書を作成し、その金額を明確に示す方向だ。ダンピングが続き、元請・下請ともに疲弊する中、組織としていかに加入を進めるのか。建設産業専門団体九州地区連合会(九州建専連)の杉山秀彦会長に聞いた。(中山貴雄)

■保険加入の促進について、静観する専門工事業者も多い。

 「元請さんは自社の生き残りをかけて安く受注し、従来単価を無視するような金額で下請と契約する。そんな現状だから社会保険の事業主負担は厳しい。『入れ、入れ』と言われても不可能だ。だからこそ、発注者から元請、一次下請、二次下請に法定福利費が下りてくる。言わば、川の水が流れるような仕組みをつくり上げることが先決。そのための知恵を建専連で集める。第一段階となるのが、今月中に各団体でまとめる『標準見積書』。法定福利費の項目をつくり、その金額を明示する」
 「建設業界が苦境であっても、職人は絶対に必要。業界全体で立派な職人さんを育て上げる。これは当然のこと。何も事業主が自分の懐を肥やす仕組みではない。働く人が普通に生活できる。それが保険加入の目的。むしろ自ら身を切ってでも、職人さんにやさしい会社、事業主であるべき。それが原点とも言える」

■国交省が4月から、現場管理費に占める法定福利費の割合を約3%引き上げたが。

 「残念だが効果は現れてない。具体的に建築の足場で言うと、仮に500円/uで下請に発注する。そして、この契約単価には法定福利費も含まれており、既に保険の負担はしているよと。それがゼネコンさんのスタンスで変わってない。かつては原価が300円/u程でも、500円/uで契約してくれたので、保険負担分も十分賄えた。それが今では、直接工事費に近いところで発注してくるから、保険に入っていない業者でトントン。入っていれば赤字になる。やはり別枠、目に見える形にしないとやっていけない」

■でも国の土木工事の場合、比較的取り組みやすいという声も聞く。

 「建築は職種が多い。土木はその数が少なく、重機と構造物くらい。さらに建築には臨時工事がある。いわゆる常用。一人いくらの世界。例えば台風の時には『シートめくってよ』とか。契約にはないが、緊急対応でやらざるを得ない。またこのような出面精算では、少なくとも赤字は免れるが、福利厚生費など出てこない。ところで最近、『鳶の常用を1万4千5百円でやってくれ』と。こんなゼネコンがいて少々問題になった。現場経費どころか保険のことも考えない。設計労務単価(福岡)より安い金額だ。一方、土木ではそういったことは殆どないし、下請でもミニゼネコンのような位置づけ。見積もりの中に諸経費という欄があり、そこで法定福利費を確保できる」

■実際、どの程度の正規雇用を目指すべきなのか。

 「全てを直用にするというのは不可能だが、せめて30%くらいを業界目標とすべき。ウチの現場だと、50%程度が社員。残りを下請さんにお願いしている。それでも対応できなければ同業者から応援で借りる。基本的にはそんな形。またウチでは、職人さんと言うより、鳶の技術を持った建設会社の社員という意識。従って月給制。休んでも給料は出る。ところが、下請さんは日給月給。その点では正直、しわ寄せしている部分もある。やはり次の段階として、二次以下の事業主、現場で働いている下請の職人さんが社会保険に加入できる形をつくらないと。働く人を守るための未加入企業排除が、『トカゲの尻尾切り』になっては困る」

■雇用を進める上で、『仕事の波』が重要課題となるが。

 「ウチの場合、足場が上がったら、別の現場で鳶がコンクリートを打つ。九州では、鳶がコンクリート打つのは当たり前。先日、関東の建設会社から『鳶の応援を頼む』という話がきた。土木の現場だ。そこで5〜6人送り出し、足場や支保工だけではなく、コンクリートも打った。先方は『杉山さんのところは便利ですね』と(笑)。また、鳶はそれだけの能力を持っており、ものづくりに対するこだわりも強く、仕事も確実だ」
 「さらに平準化のためには派遣法を見直す必要もあるだろう。一級、二級技能士など国家資格を持った人の応援は認め、日当に社会保険料を加えるとか。そうなると直用も進めやすい。確かに高度成長期の頃は、飯場に労働者を囲い込み、見張りを立てる。そんなこともあったが、今はもうない。時代に合わせて法律も変えていかないと」

■建専連として、事業主に意識改革を促すことも大事。

 「例えば内装やタイルなどの一次業者は、現場で管理する社員はいるが、直接職人さんを持たないところが多い。メーカーから材料を買って、それを支給して下請の職人さんに施工してもらう。タイルを貼れる社員は一人もいない。仕上げ業者は、どうしても年度末に仕事が重なるから仕方ない部分もある」
 「けれども、一級技能士がいなくて登録基幹技能者がいる。言い換えれば、登録基幹技能者なのに、その技能はない。『これはおかしい』。そう話したところ、ある内装屋さんは来年4月に入社予定の高卒者を、まず下請さんに預けて技能を身につけさせる。それから現場の責任者にすると決めた。せめて社員の1割〜2割はそうしていきたいと。考え方が変わった。やはり専門工事業である以上、ものづくりできる社員がいないとダメ。この内装屋さんはそう決心した」

■せっかく確保した保険料を業者が取り込む。そんな懸念もある。

 「元請さんが法定福利費を出しているが、現場の人間は保険に加入していない。それは業者が悪い。詐欺みたいなもので排除する仕組みが要る。 ただし、ゼネコンさんも現場での加入状況を厳しくチェックする義務はある。それをせずに立入調査で見つかれば、元請さんにもペナルティを科す。 そうなれば現場も引き締まる。もっとも、お金も払ってないのに『現場の人間が保険に入ってない。私は知らなった』。これは論外だ」

■元請の理解は得られるのか。気になる。

 「国土交通省の資料では、建設投資は半減したものの、特定建設業者は14%増えている。また、建設業で働く人は20%減っているが、 営業職は増え、技能労働者は23%減っている。さらに高卒の入職者は60%減。ということは、この人たちが中核になる頃には、明らかに人手不足に陥る。 加えて設計労務単価も平成9年は2万4千円〜2万5千円。今は1万5千円台。35%くらい下がった。ダンピングして、下請を叩いて生き残る。そんな流れが 見て取れる。これら数字を直視し、元請さんも考え直す時期に来ている」
 「東京あたりでは人手不足が続き、外国人受け入れの話が再び持ち上がっている。しかし、安全や品質を考えると日本の若者に働いてもらいたい。ウチでは毎年、 工業高校に募集をかけ、3人〜5人の枠で採用している。この業界に来る若い人はまだゼロではない。ただ、社会保険にも入れない業界になれば募集さえかけられないし、 現場で骨身を削って働く人に報いることもできない」
 「『ゼネコンさんの現場社員の人は、保険の話を知りませんよ』。この前の建専連の会合で、こんな声も出た。本社から現場にしっかり伝わっていない。 九州建専連としても、やはりゼネコンさんを回って『制度として必要ですから、現場に対して指導をして下さい』と説明する必要がある。しかし、そもそも 職人がいなければ誰が困るのか。一番困るのはゼネコンさんではないのか。工期は遅れるし、品質や安全も危うくなる。それなのに、ダンピングを続け、人手不足を 加速させていては、建設業界が立ち行かなくなる」



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