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岡山県鳶土工連合会 岡本啓志相談役  【平成24年09月13日掲載】

社会保険 加入率高い業者の分析を

「過度な分業」「請負の形骸化」で価値低下


 「最終的には一人親方、偽装請負に逃げ込む」「リフォーム工事には無許可業者も入っており、野放し状態が続く」―。先月開催された社会保険未加入対策協議会に参加した複数の業者がこう漏らすように、社会保険加入の徹底、その実現のためには深刻な課題が残る。では実際、職人を抱える親方は現状をどう捉えているのか。岡山県鳶土工連合会の相談役を務め、鳶の事業主でもある岡本啓志氏に聞いた。(中山貴雄)

■社会保険の加入促進に関し、業者側の動きが少々尻すぼみになったようにも感じる。

 「そもそも職人、専門工事業というのは、同業者間での職人の貸し借りによって成り立ってきた。いわば、われわれは共同企業体(JV)という感覚だ。建設の仕事は波が激しい。年度末は忙しいが、年度始めに暇になるとか。例えばプラント工事だと、定期修理の期間はたくさんの応援が必要になる。それこそ工期に間に合わせようと必死になって人間を投入する。とても製造業みたいに計画的にはいかない」
 「『明日、現場で5人足りない』。そうなると、すぐに仲間うちの業者に応援を頼む。そうやって借りてきた職人に対し、自分のところの職長が作業のポイントを説明し、指揮命令する。そして作業が終われば、1人1日いくらで計算して支払う。これが派遣法では違法、つまり偽装請負となる。しかし現実は、日本全国の現場がそのような形で回っている」

■偽装請負になるから再下請に切り替える。これには相当無理があると。

 「例えば土木だったら公共工事のウェイトが高く、職種も少ないから再下請での対応も可能かも知れない。だが、建築の専門工事において、応援にきた職人を再下請とすれば、当然ながら重層はさらに増える。また、われわれのように足場を組む仕事では、形式的に再下請とするため、建物の東側と西側で下請を分けるしかないとか。そんな不合理なことも起こりかねない。この点は行政も業界も、もう少し現実に即した対応策を練る必要がある」

■保険加入促進によって、一人親方に流れるとの見方も強い。

 「結局は逃げ道があり、そうなってくる。職人を正規雇用せず、一人親方にする。もしくは個人事業主で4人以下の小グループ。いずれにせよ、職人には国民健康保険と国民年金で対応させる。自分のところの社員数は最小限。これで建設業許可はクリアでき、排除もされない。実際、中国地区でも、そんな考え方になってきている。しかも5年の猶予がある。私の周囲の専門業者たちも、しばらく様子見といったところ。『早く職人を正社員にしなければ』という焦りは全く感じられない。現状では、職人の雇用を進めると身軽な業者に価格面で太刀打ちできないから…」

■偽装請負の管轄は厚生労働省。行政が縦割りだと、一人親方の増加に抑止力が働かないとの指摘もある。

 「確かにその点でも難しいとは思う。それでも私は同業者たちに、『もらうべき法定福利費を権利として請求する』『法定福利費とはある意味、その工事期間に現場で働いた職人に対する手当ではないか』と説得を続けている。ただ、それが工事費に対して一体何%になるのか。われわれは別枠でいくら請求すればいいのか。残念ながらそこが明確ではない。職人の雇用を進めることは、それぞれの会社にとってすごい負担。従って『いつから、この金額で法定福利費の請求をスタートする。内訳は事業主分いくら、個人分いくら』。そう具体的に言わないと説得力を持たないし、業者も動けない。これまで私自身、法定福利費が工事費に含まれていたことも知らなかったし、見積りにも計上してこなかった。専門工事業者はまだそんなレベルだ」

■別枠請求が認められたとしても不安は残る。

 「法定福利費が請求できると。それが決まった時点では、例えば百万円の工事費で法定福利費を20%とすれば、20万円を確保できるだろう。ところが、しばらくすると『予算が足りない』ということで、工事費の方を90万円、80万円と切り下げられていく。つまり、頭の部分の法定福利費20%を残し、胴体部分の工事費をどんどん削られる。ダルマ落としのように。これでは別枠支給も名ばかり。実質的には意味がなくなる。結局、われわれ事業主は、トータル金額の中から様々な経費を捻出して経営しなければならない」

■職人を抱える業者の本音を反映させないと机上の空論になってしまう。それでは業者も付いていけない。

 「最近の例で言うと、平成21年に厚生労働省が墜落防止対策のため、足場に『幅木』と『下さん』の設置を義務付けた。この時も保険加入と同様、われわれ専門工事業者には徹底しなさい、元請にはそれを指導しなさいと。そして事実、これにも抜け道が多かった。従来の枠組足場とは違って、低層用のくさび式足場には、『幅木』『下さん』は構造上設置できない。しかも通り相場では、枠組足場は1700円〜1800円/uに対し、くさび式は材工で800円/平方メートルと極端に安い。だからこれを機に、くさび式を使う現場がどっと増えた。当初は10メートル未満の建物に使用するものだったが、今では中層にまで広がっている。しかも、取り付け作業は簡単。鳶の中級程度の人間1人に素人2人くらい付ければ、ハンマー1つで組み立てできる。職人は不要、アルバイトで十分。まさに人材派遣の世界になるし、保険加入できる日当なんてもらえない。当然、事故発生リスクも大きい。今後、ある程度の縛りをかけなければ、足場を組む職人は不要になってしまう」

■職人を守る制度が職人を追い込むこともある。

 「私の親方はもともと東京の下町の鳶。江戸消防の関係だ。そこでは、親方の下に2、3人の職人を抱えるグループがいくつかある。さらに、それらグループを束ねる親方がいて長年秩序が保たれてきた。グループ間で職人を貸し借りし、助け合い仕事を続け、合わせて職人も育ててきた。そこに偽装請負などコンプライアンスをいきなり持ち込むと、その秩序が崩壊して職人がバラバラになる。伝統文化も廃れる。そんな懸念もある」

■しかし保険もかけられない業界では、技能者の高齢化に歯止めがかからないと思うが。

 「若い人が入ってこない。これは保険だけの問題でもない。景気が悪く受注金額も下がっているが、仮に元請が鳶の日当を2万円と見るとすると、一般的には、会社経費を引き職人に渡る金額は日当1万2千円〜1万3千円くらいと考えられる。一方、入職したばかりの若い子の日当は約7千5百円〜8千円。つまり、過酷な労働条件のもと働き続け、勉強して資格を取って熟練工になったとしても、日当は5千円ほど上がって頭打ち。月に25日働けるとして、若い子で月収20万円。熟練工で32万5千円。社会保険、税金を引くと手取りはもっと減る。やはり上級職長で年収6百万円、月に50万円は稼げないと、この道を選ぶ者はいなくなる。下積みから10年以上かけて一流の職人になる。歯を食いしばって頑張ったら将来こうなるんだと。今は示せるものがない。もっとも、一級鳶技能士や登録鳶基幹技能者という資格について、発注者がきちんと評価し、単価に反映させる。このような地道な取り組みも職人の処遇改善には不可欠だ」

■この地域の事業主、職人の本音はどうか。

 「岡山県の会員、若い事業主は『国が言っていることはよく理解できる。しかし元請に対して義務化としてくれないと困る。10年以上も取引実績のある 元請でも、法定福利費を下さい、としつこくお願いしたら仕事を切られる。それが恐ろしい』と話している。やはり下から問題を上げていき、元請が意識を変え、 認めてくれなければ実現は見込めない。同時に行政側には、『元請に法定福利費の支払いを義務化する』と。そこまで踏み込んでもらいたい」
 「また以前、私の会社の下請に入っている40歳の職人に『年金に加入しておけ』と言ったら、『入りたくないです。今から入ってもどうせもらえないでしょう』と。 年金制度を全く信用していない。だが、この職人も手取り額が減らなければ説得は可能だ。つまりは、会社負担と個人負担。その両方が別枠で請求でき、下までお金が 流れてくる。繰り返しになるが、その点が明確になれば、多少の不安があっても、事業主と職人は団結して動き出す。何も難しく考える必要はない」



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