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interview
大阪府立大学 橋爪紳也教授(大阪府特別顧問)  【平成23年2月28日掲載】

大阪湾ベイエリアの可能性を求めて

アジアの主要都市と競争意識もって

日本を代表する港湾機能と人々を魅了する都市機能を

観光施設、ホテル、国際会議場など集積


 世界トップクラスの産業集積と国際物流のゲートウェイの役割を果たし、各方面から熱い視線が注がれている大阪湾ベイエリア。パネルベイとして、また、日本経済を再加速させる大きなエンジンとして各方面から期待されている。しかし、高いポテンシャルを有しているものの、なかなか点が線に結びつかないと指摘する関係者も多い。台頭するアジアの主要都市にどう対応していけばいいのか。大阪のまちづくりや統合型リゾート開発などに詳しい大阪府立大学の橋爪紳也教授(大阪府特別顧問)に、新たなベイエリア開発の可能性などについて聞いてみた。
 (聞き手は中山貴雄・本紙代表取締役、文・水谷次郎)

都市型のリゾート開発が大前提

■大阪湾ベイエリアの位置づけと現状、今後の開発の可能性や方向性についてお聞きします。

橋爪教授

基本的にこれまで都市と海の境界領域の使い方は、限定的だったと思います。これからは、時代とともに大型の船が着く場所を整備し、新しい港湾機能を導入していかなければいけないと思います。かつての大阪は、都心部が全て港であったといっても過言ではありません。東横堀川あたりには船が着く場所があり、多くの蔵が建ち並んでいました。また、中之島周辺にも蔵屋敷がありました。大阪に来る観光客は、道頓堀や天満などの旅館や料亭、船着き場で楽しんでいたものです。それが時代とともに変わり、河口や天保山に港をつくるなど、沖合を埋め立てて港湾を整備してきたという大阪の歴史があります。物流や人の流れは西へ、西へと沖合に向かい、それに対してかつての港は、新しい都市機能を導入していく土地として再開発が絶えず行われてきたわけですね。さかのぼってみてもベイエリアや海岸線のところには、常に楽しみの場所がありました。江戸時代の天保山は花見の名称の一つに数えられていました。安治川を浚渫してつくった人工の山で、桜の名所として有名でした。また、ある河口の海に面しているところにも紅葉の名所があり、船から見る楽しみがありました。住吉大社には船で乗り着けることもできました。こうした時代背景から、港は港湾機能を導入する大切さとともに、人が楽しむための海辺・浜辺として、絶えず併存させていかなければならなかったのが、かつての大阪、大阪湾ベイエリアに託された役割だったと思います。いま、それが新しい段階にきています。

■具体的に新たな段階とは。

橋爪教授

阪神港は神戸港と連携しながら日本を代表する港湾機能を整備していかなければいけません。一方で埋め立てた土地を新たな都市機能として、もう一度使いこなさなければならないと思います。インナーハーバーの弁天埠頭や天保山界隈も、魅力的な場所に再生することが必要です。さらにユニバーサルスタジオがある此花区周辺から大阪南港の咲洲や夢洲にかけても、いかに魅力的な都市にするのかという議論が、これから沸き起こらなければいけない。その場合に参考になるのが、シンガポール、香港、釜山など、アジアの主要都市。日本も港湾機能の集積とともに、なおかつ観光や集客で都市のブランドづくりを進め、他の国と競争しているのだという競争意識を持たなければならないと思います。

■それにしてもシンガポールのリゾート開発はすごいですね。

橋爪教授

はい。シンガポールはマリーナベイにカジノを含む統合型リゾートをつくっています。また、最近も都市近郊のリゾート地として整備されたセントーサ島エリアに、カジノを加えた二例目となる巨大なリゾート地を誕生させました。それらは再々開発で進めてきたものです。一度手を入れた港湾に、30〜40年後に新たに手を加えている。大阪湾ベイエリアにも、そうした再々開発しなければならない場所が何カ所もあります。問題は財政難や規制があり、公的な誘導ではなかなか開発ができないこと。民間の資本、あるいは海外投資を導入する手法も考えられますが進まない。私は日本にも工場誘致のような視点で、観光や集客のスキームがあっていいのではないかと思います。

■日本ではカジノに賛否両論があります。

橋爪教授

カジノは法案がないと出来ません。大阪府でも、具体的に候補地を決めているわけではなく、まだ議論は熟していません。オール大阪として意思統一を図っていただきたい。関西国際空港をつくる時に大阪湾ベイエリアの法律をつくり、未来について真剣に語った経験を生かし、五年後、十年後のベイエリアをどう開発していこうかという議論を関西広域連合の中でも話し合ってほしい。それにカジノの問題とは別に、日本にも都市型のリゾート開発が必要であるという大前提に立ち、整備していくことが大事だと思います。最近の都市型観光をみていても、世界有数の巨大なショッピングモールをはじめ、グレードが高いホテルが数カ所にあり、さらには多くのエンターテイメント、テーマパーク、国際会議場、コンベンションホール、ミュージアムなどを集積させることが世界の常識になっています。シンガポール、香港、シドニー、ドバイなどは、カジノの有無はあるが、従来にない統合型の都市型リゾートを海に面した地域で開発しています。世界から富と投資、そして人を集めたいというのであれば、当然、日本も都市型のリゾート開発を進めるべきだと私は思っています。シンガポールは、カジノを二カ所に設けて外資を入れるというスキームをつくったわけですね。日本も、今後、そうした競争に乗るか、乗らないかでしょう。この世界共通の都市環境創出に、大阪も手を挙げないといけない。

■大阪府知事も競争するという方向にカジを切っておられるのですね。

橋爪教授

はい。世界はメガリージョンの争いです。人口規模3,000万人のエリアの中に都市がいくつもあり、そこが競争の単位となっています。関西の人口は約1,000万人。京阪神の都市全てが一つのエリアとみて、ある分野で世界と競争し、また、ある分野では競争から降りて独自の個性を磨けばよいという議論があります。京阪神が果たすべき役割として、私は新しい都市機能の形成が必要だと主張しています。経済的にどうかというよりも、我々に元気があるかどうかという問題でしょうね。

港湾機能の再編と転用を大胆に

■大阪府もその岐路に立たされている。

橋爪教授

問題は重点化と魅力的な場所を、どこに打ち出し、どう集積させるかということ。これまでの施設をみても、様々な機能を集積させているとは思われません。大阪ドーム、大阪城ホール、国際会議場など巨大都市にふさわしい立派な施設群がありますが、いろんな機能がコンパクトに集積しているエリアが見えてこない。

■原因はどこにあるのですか。

橋爪教授

アジア各国からチェーン店を経営している企業は、500人規模で団体旅行をしています。その巨大な観光客をどこが受け入れるかも競争しています。日本では横浜などが手厚いもてなしをしていますが、それでも世界標準からみれば遅れている。ましてや大阪では、見本市会場など設営に巨費がかかる場所を除けば、数百人、千人が一同に会し、一斉に着席して食事を出来る場所がない。ホテルでも見当たらない。いま、世界の観光都市では当たり前のように500人規模の魅力的な食事会場があるわけですよ。そして隣にはホテルもある。世界標準の国際的なスペック(仕様)からみますと、日本はバブルや高度経済成長の時代に整備したものをまだ使っており、スペックが古いわけです。

■時代に合わせて更新していかなければいけない。

橋爪教授

日本は横浜みなとみらい、幕張メッセなどと比較して国際競争力を語っているぐらいですから。世界と比較すること自体がおかしい。大阪でも海遊館の観光客が少なくなり、サントリー美術館も閉鎖されました。南港のATCやWTCが現状のようになったのも、当初の計画が甘かったと言う人がいます。もうこれからの日本は、モノづくり日本でいいではないか、住みやすければいいではないか、そんな話をよく聞きます。私には理解できませんね。

■大阪府庁舎も大阪南港のWTCに移転が始まりました。

橋爪教授

府庁は単なる役所ではありません。多くの人が来庁する、いわば集客施設です。その周りに、どういった都市機能を整備するのかを考えなければ いけないと思います。大阪市の一部の機能と大阪府の咲洲庁舎だけでは、まちとして成り立ちません。単機能だけをみるのではなく、周辺をどうするのかという構想を、 府や市は打ち出さなければいけないと思います。

■立地の問題もあるのでしょう。

橋爪教授

大阪の弱点は、沖合にいくほどヨコの土地の連携が悪くなります。関東は沖に埋め立て地をつくればつくるほど、ヨコと繋がざるを得ない 立地条件となっています。「横浜みなとみらい」から「羽田空港」を経て「ディズニーランド」まで、帯状にみると横浜、東京、千葉が行政の県境を越えて連携し、 魅力的な都市として海上に浮かんでいる。一方、大阪湾にも堺、大阪、阪神間、神戸が繋がっています。本来はこれらの都市がきれいにヨコに連鎖しなければいけないところ、 一つの都市があまりにも独自性を主張しすぎています。これが大きな弱点です。

■都市間の連携は大切ですね。

橋爪教授

まんじゅうに喩えると、あんこが住宅地で、横に観光や集客、オフィスの機能があり、周辺が港湾。大阪の港湾では、住宅地の周りを巨大な トラックが大きな荷物を積んで走っているといった光景が目に浮かびます。神戸のポートアイランドでは、役割を終えた港湾用地に複数の大学を取り込んで、 機能の転換を図っている。大阪も港湾機能の再編と、かつての港湾の転用を大胆に進めるべきでしょう。東京は特化した個性的な埋め立て地がヨコに繋がっています。 やはり地形の問題でしょうけど。

■大阪湾ベイエリアも関空との連携を図ることが大事だという声を耳にします。大阪駅北地区に次ぐ開発となれば、もうベイエリアしかないと思いますが…。

橋爪教授

冒頭でもお話しましたが、時代とともに新しい港湾機能を入れなければいけません。開発には、まとまった土地が必要です。日本の場合は、 都心部を再開発するのには非常に時間がかかりすぎます。出来上がった時には、導入機能が時代遅れになっているケースもあります。 また、後手後手に回る経験をしばしばしています。要は高度経済成長しているアジアの主要都市と競争するのであれば、20年、50年かけて道路をつくるような 時代感覚では、なかなか競争できません。

憧れの都市大阪に再生するには

■世界との競争ではリーダの発言も今後を大きく左右すると思います。

橋爪教授

そうですね。知事は、大阪は十分に世界と渡り合える可能性がある、世界の中で競争力があると声高らかに言っています。日本は人口規模が大きく、 なおかつこれまでの成功体験もあります。そうした中で、どういう分野で世界と競争するかを示さなければいけないでしょう。 製造業においては、特定の分野に重点的に投資し競争力を高める、また、大阪湾ベイエリアにあっても拠点性を高めて世界に通じる魅力的なまちづくりを進める、 という将来構想を各界の指導者は示していただきたい。都市は、元来、憧れの場所。都市に住んでいる人でなく、外の人があの都市に行けばチャンスがあり挑戦できる、 自分のアイデアが形になる、仕事もある、成功すれば故郷に帰ることも出来るという憧れなんですね。しかし、大阪は憧れが見えなくなっています。 それを再生しなければいけない。

■憧れの都市と言えば、日本ではやはり東京。東京志向が相変わらず強い。

橋爪教授

東京から大阪をみて、ある雑誌ではは70年代以降は右肩下がり、日本はそうなってはいけないという特集が出ていました。その特集を、 私は忸怩たる思いで読みました。反発する力が必要なんでしょう。ただ、大阪が将来、どのような都市になっているかという将来像が共有できない。 また、十分な提案もない。

■共有できないという理由は?

橋爪教授

いま、ビジョンがありません。

■リニアで関空や港湾を繋ぐという漠然とした期待感はあるのですが…。

橋爪教授

公に示されて、共有される夢がベイエリアにも必要です。例えば中央一場周辺部に食を代表する大阪の拠点を創ろうとか、海に面した遊休地に統合型 リゾートを構築するとか…。

■そういった話が出てこないのは寂しい。いまは、みな開発にふれたがらない。

橋爪教授

他の国に勝つ、負けるということではなく、東京に次ぐ日本第二の大都市として標準装備するべき機能の更新という当然の動きが、 ここ数年停滞しているわけです。止まっているから、香港、シンガポール、上海らが浮上してきたとも言えます。ソウルのカンナムにある複合的な コンベンション施設群は、そもそもは大阪咲洲の計画に学ぼうとしたと聞きました。日本にも勉強にきているはずです。大阪が十年前ならアジアでそういった モデルになりえた施設が、他の国がキャッチアップして追い抜いた。これから、日本にとって必要なことは、スケール感はさておき、 既存のものを最新の仕様にバージョンアップし、競争力を高めていくこと。どういう機能を高めていくかを議論しなければいけない。 大阪湾ベイエリアは工場と港湾機能、それにリゾート開発、それで特化すればいいのではないかと思います。

■なるほど。おっしゃるとおりです。

橋爪教授

堺浜は分かりやすい。新日鐵が工場用に埋め立てたところを、シャープらが工場として使っている。工場地帯は都市ではなく、あくまでも工業都市です。 都市機能は工場の集積ではありません。東京は羽田の国際化と東京スカイツリー(高さ634メートルの世界第二位の電波塔)がシンボルとなっています。 この二つが魅力ある東京に変えています、大阪も、都市の将来を背負って立つシンボリックなプロジェクトを、大阪湾ベイエリアに誘致するよう旗を振っていただきたい。

■大阪のイメージを一新するようなシンボリックですね。大阪には、いま不安感があるように思います。建設業界の人と話をしていても、それを感じます。

橋爪教授

魅力的なプロジェクトというのは、構想を見るだけで本当にわくわくします。大阪から日本の将来を背負うプロジェクトが出てこなければいけない。 北ヤードと阿倍野が整備されれば、大阪はカンフル剤となって次の夢、次の夢を語りはじめる元気が出てくると期待していますが…。

■首都圏にとっても東京スカイツリーの効果は大きい。

橋爪教授

関東全体に電波を送るのであれば、タワーでなくても山の頂上に電波塔を建てればよかった。しかし、関東は平野部が多い。だから都市部にタワーを つくろうとしたのだと思います。それと、日本の首都・東京というシンボルがいるという発想ですね。確かに大阪湾ベイエリアに600メートルのタワーを建てれば 飛行機の高さ制限で危ない。しかし、東京スカイツリーの誘致合戦の際も、墨田区に決めるのにあたって、関係する省庁が高さ制限を緩和する措置をとりました。 生駒山山頂にテレビ塔を建てた大阪は、そうした気力もなかった。

■東京スカイツリーはソフト面でも非常に大きな価値を生み出しています。

橋爪教授

ゼネコンも技術の挑戦ができる。会社の存在感も示せる。何よりも元気になれる。係わった会社が儲からなくても、経済波及効果は大きいと思います。

■話は変わりますが、アジアの主要都市は逆に日本をどうみているのでしょうか。

橋爪教授

シンガポール、上海、香港、韓国などは、日本は魅力がある、追い抜くべき国だと、いまでも思っているはず。そのターゲットは、やはり東京。 東京を意識していると思います。

■目標を設定しているから、また情報も集まってくるわけですね。

橋爪教授

ライバルなのか、物差しなのか分かりません。ただ東京はヨーロッパ型やアメリカ型の都市ではなく、アジアの中で経済成長に成功した日本の首都として、 各国が意識しています。いろんな文化、新しいビジネスを産み、最近では「世界有数の食の都は東京」と言われています。東京ほどグルメが集まっている国はアジアにない、 と各国が急に意識し出しましたね。大阪は食い倒れで昔から食の都だと言っていながら、わざわざ東京に行って高級な食事を楽しんでいる。大阪の人に聞けば、 「大阪の食べ物は安くて美味い」と、すぐ大衆路線にいきます。中華料理、フランス料理、トルコ料理が世界三大料理と言われているように、大阪も世界一の食の都と 言い切ればいい。

■大阪人は発展的なことが苦手?

橋爪教授

笑ってすませるところがありますね。本当に食の都と言い切ればいいと思います。逆に東京は、はっきりと食の都と言い出していますね。 大阪は伝統的に食の食い倒れの都であり、従来なかった日本食を大阪がどんどん発明して、日本に、そして世界に発信してきました。もう一度誇らしげに、 「食の都は大阪」と世界にアピールすれば、もっと大阪に活気、元気が出ると思います。

■同感です。きょうは大変お忙しい中、ベイエリアの開発を中心に食文化まで、いろいろと貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。 教授のご活躍に期待しています。

(はしづめ・しんや)昭和59年3月京都大学工学部建築学科卒、京都大学大学院工学研究科博士課程修了(建築学専攻)、大阪大学大学院工学研究科博士課程修了(環境工学専攻)。京都精華大学人文学部助教授、大阪市立大学都市研究プラザ教授を経て、現在、大阪府立大学21世紀科学研究機構教授、同大学観光産業戦略研究所長、大阪市立大学都市研究プラザ特任教授。このほか大阪府特別顧問政策アドバイザー、大阪府文化振興会議会長など公職を兼務。「明治の迷宮都市」「大阪モダン」ら著書多数。橋本峰雄賞、日本ディスプレイデザイン研究賞、エネルギーフォーラム賞優秀賞を受賞。大阪市出身、50歳。


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