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土木学会関西支部 渡辺学支部長(近畿地方整備局長)  【2022年11月21日掲載】

国土を守り、たくましく進歩する「土木の力」

メカ解明 事前防災でリスク予測

万博、新産業の集積―タイミングよくインフラ整備


 道路や橋梁、ダム、港湾等のインフラ整備の上で土木が果たす役割には大きなものがあり、近年では、防災・減災、インフラ老朽化対策においてもその重要性は増大しつつある。これら社会資本整備を支える土木事業や土木技術に関する調査・研究に努めている土木学会では、今年8月に京都で開催された全国大会でも、新たな知見が発表されるなど多くの成果を修めている。土木学会関西支部の渡辺学支部長(近畿地方整備局長)は、土木工学のすそ野が広がり、「それに基づきインフラ整備を考える時代になってきた」とする。その渡辺支部長に、土木の役割と近畿におけるインフラ整備の方向性を聞いた。

■土木の果たす役割は様々なものがありますが、近年では防災・減災への取組みが重要で、土木学会への期待も高まっていると思われます。

 地震や気候変動による自然災害に備えた事前防災が重要となる中で、土木学会の果たす役割は大きくなっています。その一つに災害発生によるリスクの予測があります。例えば土砂災害は、降雨による深層崩壊が原因であることは分かっていましたが、細かな連動性等は解明されていませんでした。しかし、現在ではそれらの知見が学会を中心に出てきており、これまでの成果が表れてきたものです。このため土木工学としては、他の分野とともに精度を高めていく必要があると考えています。
 現在では、線状降水帯等のメカニズムが相当解明されてきたことから、事前の準備がやりやすくなってきました。このため、かつては考えられなかった弾力的なダム操作も可能となってきています。これまで利水治水兼用ダムでは 互いの容量を超えることはできませんでしたが、今では事前予測によって事前放流も実施するようになっています。
 また、その逆に水力発電ダムでは、降雨量が少ないと予測されれば貯水量を上げることも可能になります。これらはリスク予測の精度が昔に比べて格段に上がったことから可能になったものです。現在の気候変動におけるリスクに対して、弾力的に対策を講じることができるようになったことは、土木工学に携わる研究者の方々の知見によるものです。

■なるほど。

 さらに、先程も触れました土砂崩れでも発生メカニズムの解明が進み、何時、何処で深層崩壊が起こるかについての予測も可能になりつつあります。これにより、それまで降雨量等を目安にして実施していた道路の事前通行規制区間が、ピンポイントでの通行規制も可能になります。このほか、災害発生時の避難経路の選定等のマネジメント的な役割を担う部分もあることから、こういった事前防災に関して土木工学の果たす役割には大きなものがあると思っています。
 またインフラ老朽化対策では、長寿命化技術や構造物診断に用いる非破壊検査をはじめとする診断技術に関しても土木工学が関わり、補修技術についても土木学会が寄与する部分は多岐にわたります。

■今年は土木学会の全国大会が京都で開催されましたが、関西支部長としての感想は。

 コロナ以降はリモート方式でしたが3年ぶりに対面方式で実施でき、多くの参加者も喜んでいました。今回は、コロナ対策もありQRコードによる入場システムやバス会社と連携し、会場までのバスの混雑緩和のため臨時輸送を行うなど、これまでにない新たな試みを実施しました。
 今大会は、夢のある土木をテーマに論文発表やパネルディスカッション等が行われました。以前から、土木のビッグピクチャーを描き、それを実現していこうとする動きが土木学会を含めてあり、今回はその発表の場となったのは象徴的でした。昨年に中間報告が行われ、それをさらに進めて具体的実現に向けたハード・ソフトの取組みを進め、その状況報告を行いました。
 また、気候変動やAI/DXに関する論文が多かったことも印象的でした。これまで河川工学や土質工学、交通工学等はありましたが、予測技術や土砂災害発生メカニズム等ですそ野が広がり、土木として学術的にも、技術者としても、それらに基づいてどういったインフラを整備していくかを考える時代になってきたと思いますね。

■そのインフラは土木とは大きな関わりがありますが、インフラ整備の担い手の立場として、近畿におけるインフラ整備の方向性について。

 現在のインフラ整備では、気候変動に伴い激甚化、頻発化する自然災害への対応と老朽化対策、経済と暮らしを支えるインフラ整備の3つが柱となり、特に、自然災害への対応が1丁目1番地になります。
 このうち経済の活性化に関して近畿では、大阪関西万博やリニア中央新幹線、北陸新幹線延伸事業等の大プロジェクトが目白押しで、これに伴う民間開発も動き出しています。これらは経済活性化の大きなチャンスであり、前回の国土形成計画でメガリージョンを担う地域に位置付けられています。失われた20年と言われるほど、低迷している日本全体の経済活動から脱却する上で、近畿には大きな役割と期待が寄せられています。

■近畿の場合、首都圏と比べインフラ整備は遅れています。

 それは確かにあります。空港へのアクセスや高速道路ネットワークなど、首都圏と比べて、まだまだ貧弱な部分はあります。それら遅れている部分を取り戻しながら、これからの社会の変化にも対応していかなければなりません。
 このため、強みである医療やサイエンス分野、さらにコロナにより落ち込んでいる製造分野の工場回帰、新エネルギーやカーボンニュートラル等に関連する新たな産業が創出される可能性もあり、従来からの強みである医療等に、これら新たな産業の集積への取組みを進めていく時期と、万博開催等とのタイミングが合致することから、それら活動を支える交通や港湾等の必要なインフラを、産業界と連動しながら整備をすることで活性化につなげていきたいと思っています。
 特に大阪では、中之島での未来医療国際拠点の整備をはじめ、各地域で再開発事業が進められ、そこにカーボンニュートラル等の新産業を集積する拠点を各地に形成し、それら拠点間をつなぐとともに、輸出入での国際競争力を高めるための交通インフラとして、港湾や道路ネットワークの交通インフラを整備することにより、大阪がそういったものの受け皿になることを期待しています。

■土木に限らず建設業全体で担い手確保が課題になっており、このため労働環境改善や安定した工事量の確保、魅力ある業界の実現が求められています。

 建設業に従事する人材が不足しつつありますが、残念ながら土木分野を目指す学生自体も少なくなっています。担い手確保については国交省でも、公共工事設計労務単価の引き上げや総合評価方式で賃上げ宣言した企業への加点、休暇では4週8休の実現など、労働環境改善に向けた取組みを継続して行っていきます。
 工事量の確保では、企業側から安定した事業量の見通しがたたないとの意見をよく聞きます。現在、防災・減災国土強靭化5か年加速化対策予算が別枠計上されているように、そういった予算を継続することも必要ですし、かつて道路や河川における五か年計画のような予算の裏付けがある計画も必要かと思います。
 さらに魅力ある業界ということでは、仕事自体はやりがいがあり、誇りを持てるものだと思っており、現在ではDX等の先端技術も駆使していることから、そういった部分を学生達に見てもらい、興味を持ってもらうことだと思います。
 また、転勤を敬遠する学生も多いですが、労働環境を生活と調和した形とするため、オンラインを活用して転勤を少なくする企業も増えてきておりますが、ゼロにはなりません。これはどこの業界も同じですが、やはり最後はやりがいではないかと。特に大型プロジェクトに従事した場合、そういった思いは強くなると思います。建設業はそういう仕事であることをもっと若い人に知ってもらいたいですね。

■関西では大阪・関西万博を契機としたまちづくりの気運も高まってきました。

 万博関連に係る近畿整備局としての役割は、淀川左岸線等の道路や政府のパビリオン整備、淀川舟運を利用した万博会場までのアクセス確立、さらに来場者の輸送体制づくりなどを開幕までに間に合わせることが求められています。
 ただ、これらの取組みを一過性のものとするのではなく、継続した取組みが重要です。例えば淀川舟運では、京都方面から下流までの運行、クルーズ船の寄港づくり、観光拠点の整備、MaaS等により観光客の誘致につなげるなど、広域観光促進のためのインフラ整備を運輸局とともに取り組みます。これらの一部については大阪・関西万博で導入し、万博閉幕後にも進めていく予定です。

■今後も近畿の発展に向けご尽力下さい。



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