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interview
大阪府立大学教授(大阪府特別顧問) 橋爪紳也教授  【平成22年1月4日掲載】

  創造するアジア都市・大阪の可能性

  河川空間の有効利用で「水都再生」

  わが街、憧れの対象となる「名所」を

  大阪の存在感に危機感 いまこそ都市間競争の視点で


新しい国土の形成は、従来の国主導から地方分権型にシフトされ、街づくりの面でも地方の役割・責任がますます高くなっている。 近畿の各地域は、自然豊かな環境、歴史的文化遺産、層の厚いものづくり基盤技術などを持ち、歴史的にもアジアとの繋がりが強く、 次世代産業を発展させる高いポテンシャルを有している。しかし、この近畿の強みが、都市再生などの面でまだ十分に発揮されていないのが現状だ。 そこで、大阪府立大学特別教授や大阪市立大学特任教授として、また、数多くの公職を兼任し、大阪の街づくりに詳しい橋爪紳也氏に、 大阪にとっていま必要なこと、今後の方向性などについて聞いてみた。(聞き手・本紙代表取締役中山貴雄、文・水谷次郎)

■橋爪さんは、大阪府 の特別顧問としても活 躍されています。きょ うは橋下徹知事とのお 話も踏まえ、 いろんな場で提案されている都市構想や活動などにつ いてお聞きしたいと思 います。 はじめに大阪 の街づくりで求められ ているもの、何が必要なのか、そのあたりからお伺いします。

橋爪教授

私は都市ブランドの向上を、ムーブメントとしてひろく展開することが必要とこれまで主張してきました。 その方法のひとつとして「水都大阪」の再生を強調、ハード整備だけではなく、ソフトプログラムを同時にすすめることの意義を提言してきています。 平成20年9月に大阪府橋下知事の特別顧問政策アドバイザーに任命されて以降、水都・景観分野について助言をし、大阪府の関わる事業に関与してきました。 ひとつには中之島周辺において賑わいの創出を図るべく、とりわけ美しい夜景づくりを進めること。さらには「北浜テラス」(川床に設置した店舗・レストランなど)、 「中之島BANKS」(河川敷の賑わい空間)など、従来できなかった河川空間への民間活力の導入を、規制緩和によって実現することなどです。 夜景づくりに関しては「水都大阪2009」の中で、試験的に天神橋、難波橋、錦橋の三の橋梁を、それぞれの歴史や形に合わせてライトアップしました。 また、天満橋から天神橋の間にある南天満公園なども、堤防と公園を一体的にイルミネーションで飾り、多くの市民に夜景の美しさを体感していただきました。 知事も今後の重点事業の一つとして、「中之島周辺の夜景づくりは継続して力を入れていく」と明言されているので心強いかぎりです。 私は水都大阪2009を契機として、新たな河川景観の創出と、新たな河川空間の利用モデルを大阪から全国に示していきたいと考えています。

■ライトアップの効果 は非常に大きいと思い ます。中之島もハード ・ソフトの両面で、ず いぶんイメージが変わ ってきました。

橋爪教授

私は中之島周辺部に、すばらしい「名所」をつくっていかなければならないと考えています。 「名所」とは、歴史や文化を感じることができる物語があり、市民が「わが街」の誇りだと語り、また、外から来た人が憧れる優れた風光のある場所。 他にはない特徴的な名所が、世界中にあります。かつて中之島周辺部にも、いくつもの「名所」がありました。 しかし、近年、大阪の市民は「誇りに思えるような美しい風景がない」と思い込んでしまっていました。しかし中之島にかかる橋梁や公園は、 近代化のなかでパリなど欧州の都市を良き先例としつつ、先人が造りあげた美しい都市施設です。これは大事な都心の基盤です。これまで私たちが築きあげてきた 都市基盤の魅力をもう一度認識してもらうことが必要です。いま、都心部には多くのタワーマンションが建設され、ターミナルでは百貨店が増床を競い合っています。 高層ビルはどんどん出来ていますが、それだけで街が変わったという風には市民は受け止めていません。大阪が変わり始めた、動き出したという意識を市民が共有するには、 「水の都」という大阪固有の「物語」を強く打ち出し、ブランドイメージを向上させることが大事だと思います。

■大阪駅北地区も都市 再生の起爆剤として期待されています。

橋爪教授

北ヤード開発は、大阪が総力を挙げて取り組んでいく事業として、私も注目しています。これも対外的に強くアピールしていくことが求められています。 都市開発で大切なことは、個別の事業ではなく、全体を繋ぎながら総合的なビジョンを描くことでしょう。右上がりの高度経済成長の中では、 目的と合わせて街づくりの将来像を示しやすかったのだけれども、今は未来を語りにくい時代ですね。しかしだからこそ、個別の事業を重ね合わせつつ、 街がいかに魅力的に変わるのかを提示しないといけません。そのうえでプロモーションをはかり、エリア・マネジメントを具体化することが望まれます。

■開発のあり方では、役割分担が必要だと思います。東京に比べて大阪は、街づくりの議論がありません。その点について、どうお考えですか。

橋爪教授

これまでにない地域づくり、創造的な街づくりに挑戦しようという意欲が、東京にはあります。その原点は、都市の将来への危機感だと思います。 東京では、シンガポール、香港、バンコク、上海など、急成長するアジアの諸都市との都市間競争を常に意識せざるを得ません。金融、市場、コンベンション、空港、港湾など、 さまざまな分野でアジア諸都市との競争を意識、そのうえで連携をはかることが求められています。アジア圏域の将来像を想い描きつつ、東京の再開発をめぐる議論が進んでいます。 しかし大阪では、どのような人と話をしても、基本的にグローバルな都市間競争の視点が欠落しています。同時に国際的な都市間連携という視点もなかなか出来ない。 百貨店でいえば、梅田、阿倍野、難波、心斎橋で競争するという視点はあります。また東京一極集中への苦言も聞きます。しかし大阪や京阪神が、アジアの中で、 どのような個性や存在感を示すかという議論には、なかなかならない。たとえば東京がグローバル都市の競争のなかで、東アジアのファイナンシャルセンターを目指している のにのに対して、大阪はファイナンシャルの領域を弱体化させました。商工業都市にとどまる都市づくりを進めてきました。結果、メガバンクの本社機能も東京に移りました。 しかし現状のうえに未来があります。今後の大阪を担うべき産業は一体何か、それに似合う都市の再開発は何かについて、デベロッパー、行政、経済団体らが共有して 考えていかなければなりません。関西の中枢機能を大阪にと考えれば、必要な都市の集積は自ずと見えてくると思います。

  大阪ミュージアム構想で街全体に活気取り戻そう

  ハコ物の文化行政から脱却

  統合型エンターテイメント都市で観光促進

■関西は外国に対する競争意識が薄い?

橋爪教授

昨年、国土形成計画の近畿圏広域地方計画で、近畿の将来ビジョンがまとめられました。私もそのメンバー (国土交通省近畿地方整備局近畿圏広域地方計画学識者会議委員)に入っていました。原案では近畿地方の地図から始まっていましので、 私は「この原案では、近畿のビジョンにならない」と助言しました。「世界の中で関西はどういうポジションを目指しているのか、現状の評価をどう下すのか、 それを入れて初めて戦略が描けるものだ」と申しました。実際できた案には、東アジア諸国の地図を入れていただきました。かつて関西の港湾は、 世界に冠たるものがありました。また、国際会議場の機能もこれまではアジアでトップでした。しかし、いまやシンガポール、香港、上海などに追い抜かれています。 京都の国際会議場も、もはや魅力的な施設ではなくなっています。インテックス大阪ですら世界都市からみると魅力がない。幕張メッセ(千葉県)で 毎年開かれている東京モーターショーにしても、中国の広州のモーターショーの方が盛大ですね。アジア全体の大きなペンションでも、急成長を果たしている市場を控えた 中国やシンガポールなどが主流になりつつあります。東京はこの現況に危機感を持っていますが、大阪は関係者のみの議論にとどまる。大阪の存在感がますます薄れ、 これまでの優位性をアジアに奪われていることにも繋がっています。私はその問題を提起し、ここに危機感があると提案しました。これまで関西は、それぞれが問題意識や考え方を 積み上げていき、エリア全体で総花的に同じ様な事業を各地で進めてきましたが、今後は世界都市の状況をみながら総花的でなく、突出した領域での集積を図ることを 目指していかなければいけないと思います。

■それでは具体的に大阪のあるべき姿、今後の展望についてお聞き します。

橋爪教授

知事とは都市構想が必要だという話をよくしています。コンベンション都市、エンターテイメント都市、ミュージアム都市、フェスティバル都市などについて 議論をしてきました。その中のいくつかが大阪府の施策のなかにも盛り込まれています。その一つが「ミュージアム都市構想」です。私はかねて、 大都会型のエコミュージアムのあり方について研究会をつくり、これまで民間の方々とも議論してきました。知事と議論する中で、 「大阪の街全体を一つのミュージアムに喩えてはどうか」という発想が提示されました。私の年来主張してきたコンセプトにも合致しており、 「大阪ミュージアム構想」の事業に結実したわけです。簡潔にいえばどの街にも、それぞれ歴史的な資産、文化的な施設があるけれど、我々はそれを自らがきちんと 評価していないためにもう一度再整備し、編集し直して対外的にアピールしていこうというのが目的です。また「フェスティバル都市」とは、 従来のようなハコ物の文化行政ではなく、ヨーロッパの小さな街でも世界一になっているフェスティバルのような行事を、大阪の街全体として開き、 大阪の文化を再評価してもらおうという試みですね。スコットランドにエジンバラという街があります。経済的に厳しくなった時にエジンバラフェスティバルを街全体で行い、 財政を立て直しました。また光のフェスティバルで3日間に400万人が訪問するリヨン、文化的なフェスティバルで世界的に認知されているモントリオールなど、 新たなフェスティバルを創造する試みが、文化産業を育てていく土壌になっている先例は欧米にいくらでも見受けられます。単に市民が自分たちだけが満足する発表会を行ったり、 有名なアーチストを呼んでホールで鑑賞するだけが文化ではないでしょう。市民がいろんなアイデアを出し、街の随所で若い力がふつふつと沸いてくるような土壌をつくること、 それが文化的な街づくりで必要なことだと思います。

■かつては、その活気が大阪にもあったのですが…。

橋爪教授

大正時代から昭和初期、大阪は当時、世界の最先端の都市を見て、みずからの都市基盤を整えました。中之島周辺もそうですし、 高速の地下鉄道を整備した街路樹の美しい御堂筋もそうですよね。市民から寄付を集めて整備した大阪城の天守閣は、画期的な歴史ミュージアムでした。 幹線となる道路や鉄道の整備と同時に、都市計画された運河のネットワークもかたちづくります。競争力のある都市づくりを、極めて短い期間に建設しました。 戦後の復興期、高度経済成長期にあっても、様々な都市開発を短期間でやり遂げました。建物と高速道路を一体化する事業など、創意工夫の成果ですよね。 その当時と今日では、社会が大きく変わっています。街づくりの手法も変わりました。現在は、残された様々なストックを現代的な用途に変え、新たな発想で優先順位を付け、 機能を高めながら整備していくことが大事だと思いますが、大阪の先取性は充分に活かされているとは思いません。

■観光振興策として、「カジノ構想」も提案されています。詳しく教えて下さい。

橋爪教授

私は「統合型エンターテイメント都市構想」の必要性を強調、勉強会を昨年の春に始めました。15社にメンバーに入っていただいています。 かつて大阪の基幹産業は紡績や造船などでしたが、同時に大阪の個性を育んだ大事な産業として、エンターテイメントビジネスがありました。 阪急・東宝、松竹などが、大阪を拠点化して新たなビジネスモデルを提言してきたという経緯があります。阪急・東宝が具体化した宝塚に代表される 国民娯楽やターミナル文化が、日本的な大衆文化として全国に波及していきました。道頓堀は興行のメッカであり、また食文化に関わる産業の拠点ですよね。 しかしこの種の文化産業にあって、大阪の存在感が薄れつつあります。いま韓国のソウルでは、新たなエンターテイメントが続々と産まれ、 上海やシンガポールでは新たなテーマパークの建設が進んでいます。東アジアにあって、新たなエンターテイメントが生まれているなかで、 従来にない産業の融合をはかる「統合型」の都市型リゾートが各地に建設されつつあります。大阪にもユニバーサルジャパンがありますが、 それだけでは十分ではありません。

  21世紀は「都市の時代」

  戦略的な産業の重点化が必要

  自らの経験に自信を   評価は市民の目線で

■アジアもカジノを重要な産業に位置付けているのですね。

橋爪教授

はい。例えば、シンガポールでは2つの巨大なIR(インテグレーテッド・リゾート)、すなわち「統合型リゾート」のプロジェクトが動いています。 ひとつはマリーナベイのプロジェクトで、ラスベガス資本のカジノオペレーターが、3棟の超高層ホテルとデジタルのミュージアム・シアター、 インテックス大阪よりもはるかに巨大な12万平メートルのコンベンション施設、国際会議場、ショッピングモール、カジノを合わせ持つ巨大リゾートです。 対してセントーサ島には、マレーシアの資本が家族向けの新たな都市型リゾートを建設しています。6つのホテル、ユニバーサルスタジオ、カジノ、 そして東アジア全体を視野に入れた大型クルーズ船のターミナルやミュージアムなどを兼ね備えた巨大複合施設を建設しています。 前者はビジネスやコンベンションに特化たもの、後者はファミリーを意識した集積ですよね。「統合型」は、従来のような「複合施設」とは異なります。 様々な施設が集積されることによって、相乗効果を発揮する。ハイブリッドな施設群といった方がいいかもしれません。カジノがそれを整備する核になります。 対して大阪では、テーマパーク、水族館、会議場、スポーツ施設などが、市内に散らばっています。いずれも竣工時は世界標準でしたが、いまやその水準はアジアの 巨大都市にキャッチアプされ、規模や設備面でも追い越されつつあります。

■自民党でも「カジノ・エンターテイメント検討小委員会」を設置し、基本方針を策定されたことがありました。日本は合法化という点でも遅れていますね。

橋爪教授

なかなか前に進まないですね。ベイエリア開発でカジノが必要と知事がおっしゃていますが、その真意は従来型のカジノが単立するものではなく、 カジノ法案を前提とした「統合型」の新たな都市魅力の基盤整備というあたりにあると思います。

■メッセージを発信する機能が弱い?

橋爪教授

やはり、従来のやり方では何がダメだったのかを我々がきっちりもう一度語り直して、何となく継続してきたことに対して評価をし直し、 これから見直すべきことは見直し、それを公にしていくことが大事だと思います。それによって大阪がどう変わるのか、将来のビジョンをはっきり示すこと。 それを判断するのは市民の目線です。魅力的な街へ変えるのは他力本願ではなく、戦略的な産業の重点化と、街のよいイメージが響き合うことが大事です。 例えば、神戸は港町・居留地のブランドがあります。その華やかなイメージと、一大工業都市・港湾都市が折り重なって成功してきました。 京都も歴史と文化遺産を有していますが、実は様々な先端科学やモノ作りの二重構造となっています。街のブランドと乖離しています。 だからこそ京都は魅力的な街に映る。観光客も多い。要は街のあこがれを喚起するような華やかさ、あこがれの対象になるものが必要です。 その点、大阪は都市のブランド力が圧倒的に弱い。パネルベイなどの基幹産業が元気なあいだに、次の大阪を支える産業を育てていかなければならない。 そのための人材や投資を集めるためにも、都市の魅力を高める試みが最優先されます。

■ところで政府の事業仕分けについては、どうみておられますか。

橋爪教授

ムダなことを省いていくことは、大事なことだと思っています。しかし、新たに必要なものは造らなければいけないでしょう。 知事も就任時に府の施策を洗い直し、それを公表されましたね。行財政界でネックになっているものを乗り越えていける相互のネットワークづくりが大事だと思います。 名古屋にはグレーター名古屋という産業都市の連携イメージがあります。大阪の周辺都市も連携し、もう一度都市基盤を考え直すことが必要です。 道路に関して言えば、阪神高速道路もいずれ耐用年数が来ます。補修して使っていけるのかどうかの話をしなければいけない時期にきていますが、 関西はまだかつて構想された路線すらできていない部分がありますよね。もう一度これから五十年先の絵を描いて、現状のものを段階的に更新していくのかどうか、 次の世代に向けて考えなければいけないと思います。これには行政やデベロッパーが意欲的にまちづくりに参加することが必要です。中長期の視点がないと、街は変わりません。

■都市の時代、アジアの世紀と言われています。

橋爪教授

20世紀は「都市化の時代」、すなわち世界中が均質な近代化を果たしていました。対して21世紀は「都市の時代」です。 各都市が競合しつつ、おのれの得意分野を伸ばして、個性を際立たせていきます。また19世紀が「欧州の世紀」、20世紀が「米国の世紀」であったとすれば、 21世紀は「アジアの世紀」といえるでしょう。アジアから独自の都市文化、理想都市が生れるはずです。私たちは、大局観、歴史観をもって、 急成長を遂げつつあるアジア各国の都市の動向を参照しながらも、みずからの経験に自信を持って、独自に都市の理想を語り、 大阪にしかない都市の個性を産み出していけばよいはずです。

■おっしゃるとおりです。きょうは、大変お忙しい中、魅力ある大阪の街づくりに向けた貴重なお話を聞かせていただき、 ありがとうございました。私も活力ある大阪の復活を切に願っています。今後のご活躍に期待しています。

(はしづめ・しんや)昭和59年3月京都大学工学部建築学科卒、京都大学大学院工学研究科博士課程修了(建築学専攻)、大阪大学大学院工学研究科博士課程修了(環境工学専攻)。京都精華大学人文学部助教授、大阪市立大学都市研究プラザ教授を経て、平成19年大阪市立大学を退職し大阪市長選挙に出馬、落選。現在、大阪府立大学21世紀科学研究機構教授、同大学観光産業戦略研究所長、大阪市立大学都市研究プラザ特任教授。このほか大阪府特別顧問政策アドバイザー、大阪府文化振興会議会長など公職を兼務。「明治の迷宮都市」「大阪モダン」ら著書多数。橋本峰雄賞、日本ディスプレイデザイン研究賞、エネルギーフォーラム賞優秀賞を受賞。大阪市出身、49歳。


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